連載 再審法改正へGO!

連載 再審法改正へGO! 迅速・確実な冤罪救済のために
第10回

名張事件にみる再審法の不備と日弁連の改正案 その2

鴨志田祐美(日弁連再審法改正実現本部 本部長代行)


5 死刑再審と刑の執行停止をめぐる問題

 死刑再審事件について大きな問題となるのが、死刑という究極の刑罰との関係です。

 死刑判決が確定した被告人が冤罪であった場合、仮に死刑を執行してしまったら、国家は無実の人の命を奪ったことになり、もはや取り返しがつきません。それゆえ、死刑囚にとって、再審を請求する権利は、絶対的に保障されなければならないはずです。再審請求中の死刑囚に対する死刑の執行は、本人による再審請求の権利を永遠に奪うものです1)(遺族による死後再審が認められているとしても、本人による再審請求の機会が奪われることに変わりはありません)。

 また、日々死刑執行の恐怖に怯えながら過ごすことを強いられている死刑冤罪被害者は、いつ、その恐怖から解放されるのでしょうか。再審開始決定が出たときなのか、再審開始決定が確定したときなのか、再審無罪判決が言い渡されたときなのか、無罪判決が確定したときなのか——。

 さらには、懲役刑や禁固刑で服役中の受刑者にとっては「刑の執行停止」は、とりもなおさず釈放を意味しますが、死刑の場合の「刑の執行停止」は文字通り死刑の執行を停止することであり、死刑執行の前提として身体拘束をされている状態である「拘置」の執行停止までは含まれないと一般的には解釈されています。そうなると、再審が開始された事件で、死刑囚である再審請求人が釈放されるのはいつの時点になるのでしょうか。

 これらの点について、現行法の規定と、実際の運用について見てみましょう。

6 現行法の規定と死刑再審事件における実際の運用

⑴ 再審請求段階における刑の執行停止

 再審の請求は刑の執行を停止する効力を有しないのが原則です(現行刑訴法442条本文)。ただし、検察官は、再審請求に対する決定がされるまで刑の執行を任意的に停止できるとされています(同条但書)。なお、裁判所には、再審請求段階で刑の執行を停止する権限はありません。

 現実には、再審請求段階で検察官が刑の執行を停止することはまずありません。もっとも、かつては死刑事件については、再審請求中の間は事実上死刑が執行されないという扱いになっていました。しかし、1999年12月、当時再審請求中だった死刑囚について死刑が執行され、2017年以降は、2018年に死刑が執行されたオウム真理教の関係者6名をはじめ、再審請求中に死刑が執行されるケースが相次いでいます2)

⑵ 再審開始決定と刑の執行停止

 現行刑訴法では、再審開始の決定があったとき、裁判所は決定で刑の執行を停止することができると規定しています(現行刑訴法448条2項)。つまり、条文上は、再審開始決定がされた段階はもとより、再審開始が確定した場合でも、刑の執行停止が義務付けられるわけではなく、裁判所の裁量的決定に委ねられています。

 実際の死刑再審事件では、免田事件、松山事件、島田事件、名張事件、袴田事件について、再審開始決定と合わせて「死刑の執行停止」も決定されています。一方、財田川決定の再審開始決定には、刑の執行停止についての言及がありません3)

⑶ 拘置の執行停止

 問題は、再審開始決定がされた際、死刑囚が釈放されたか、すなわち「拘置」の執行が停止されたかです。現行法では、再審開始決定の場合に「拘置の執行停止」ができるという明文規定はありません。また、上述のとおり「死刑の執行停止」は「拘置の執行停止」を含まないというのが一般的な解釈です。そして、上記の死刑再審事件のうち、再審開始決定と同時に死刑囚が釈放されたのは、袴田事件第2次再審における静岡地裁(村山浩昭裁判長)の再審開始決定が初めてでした。この決定では、「5点の衣類」が捜査機関のねつ造であると認定しており、そうであれば、袴田巖さんを死刑囚としてこれ以上身体拘束を継続することは「耐え難いほど正義に反する」として、死刑の執行停止のみならず、拘置の執行も停止して、いわば超法規的に袴田さんを釈放したのでした4)

 他方、いわゆる死刑4再審で再審無罪となった元死刑囚たちが釈放されたのは、いずれも再審公判で無罪判決が言い渡された当日でした。

 名張事件は第7次の再審開始決定が異議審で取り消されたため、ひとたび認められた死刑の執行停止も取り消され、奥西勝さんは社会に戻ることなく、第9次再審請求の途上、八王子医療刑務所で亡くなりました。

7 日弁連意見書における刑の執行停止に関する改正点(442条及び448条)

 以上のような実情を踏まえ、日弁連意見書では次のような改正条項を提案しています。

⑴ 再審請求段階

 現行法上、再審請求段階における刑の執行停止は検察官の権限となっていますが、裁判所も職権または再審請求人等の請求により刑の執行停止ができることとしました(442条2項)。なお、執行停止の対象となるのは「刑」及び「拘置」であることを明記しました。(同条1項但書、2項及び4項)。

 再審請求段階における刑の執行停止は、原則として裁量的なものとしつつ、死刑については不可逆的な刑罰である点で、他の刑罰とは質的に異なることから、死刑確定者について再審の請求がされたときは、必要的に刑の執行を停止することとし(ただし、拘置の執行停止は裁量的)、その終期も「再審の請求についての裁判が確定するまで」としました(同条3項及び4項)。

⑵ 再審開始決定に伴う刑の執行停止

 再審開始決定の際の刑の執行停止について、現行法は裁量的としていますが、再審開始決定によって、確定判決の有罪認定に合理的な疑いが生じている以上、刑の執行を継続することは許されないというべきです。そこで、改正案では、再審開始の決定をしたときは、原則として、必要的に刑の執行(死刑確定者については拘置の執行)を停止することとしました(448条2項本文及び3項本文)。ただし、再審開始決定が確定判決の罪となるべき事実の一部についてのみなされたときは、刑の執行は停止しないことができることとし(同条2項但書)、死刑の量刑再審における再審開始決定の場合は、拘置の執行を停止しないことができる、としました(同条3項但書)。

8 おわりに

 死刑再審について、再審請求と同時に刑の執行停止を義務付けることには強い反対も予想されますが、死刑冤罪が現実に存在しているにもかかわらず死刑制度を存置しているわが国においては、より一層死刑に対する慎重な手続保障がされなければなりません。

 そして、無実の人が拘置所という社会から隔絶された空間で、日々死刑執行の恐怖に晒されるという究極の理不尽を除去するために、死刑再審事件に再審開始決定がされたら、必ず死刑のみならず拘置の執行も停止されるべきです。

 名張事件弁護団のメンバーである神山啓史弁護士は、あるシンポジウムで、「名張事件第7次再審請求審で再審開始決定が出て、奥西さんの死刑の執行停止が決定したときに、弁護団が『拘置の執行停止』まで求めなかったことが悔やまれてならない」と発言しました。

 この痛恨の思いを、法改正に繋げなければなりません。


【関連記事:連載「再審法改正へGO!」】
第9回 名張事件にみる再審法の不備と日弁連の改正案 その1
第8回 再審に証拠開示のルールを! その4
第7回 再審に証拠開示のルールを! その3

注/用語解説   [ + ]

(2024年03月26日公開)


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