困ったときの鑑定──裁判からトラブル解決まで<br>第2回

困ったときの鑑定──裁判からトラブル解決まで
第2回

指紋は犯人特定だけじゃない

齋藤健吾 株式会社齋藤鑑識証明研究所代表


 みなさま、こんにちは! 齋藤鑑識証明研究所の齋藤健吾です。

 今回も指紋鑑定についてご紹介していきたいと思います。突然ですが、「指紋鑑定を実施する」と聞くと、どのようなことをイメージしますか? 「犯人を特定するため!」と思っている人が多いと思います。

 指紋鑑定はニュースやドラマの影響が強くて、「指紋が一致した=犯人が特定できた」と連想されがちですが、それは指紋が持っている証明力の一側面でしかありません。反対に「指紋が合わない=無実の証明ができた」という使い方もできます。今回は、そんな使われ方をした事例を紹介します。

1 事案の発生

 ご依頼をいただいたのは、商品を梱包出荷する会社を経営する鈴木祐太さん(仮称)です。鈴木さんの会社は、食品製造会社で作られた商品を梱包して、出荷する仕事をしており、従業員11人を抱えています。

 ある日、「お客様から届けられた商品にガムの包み紙のようなものが混入している」との苦情が製造元に寄せられました。当然、荷物が食品であったため、商品が届けられたお客様は、衛生的に不快な思いをしてしまいました。製造元の会社からは「自分の所でガムの包み紙を混入するはずがないから、梱包した時に商品に混入したものだ!」と言われてしまいました。

 しかし、自社では梱包する作業員の服装・持ち物は徹底して管理しているので、そのようなことは絶対に起こるはずがありませんでした。

2 会社の対応

 鈴木さんは、自社でガムの包み紙を混入した原因はないと説明しましたが、製造会社の担当者の対応はとても冷ややかもので、信用してもらえませんでした。このまま、信用を失って食品会社からの仕事がストップしてしまうと、自社の経営を続けていくことが非常に難しくなってしまいます。

 そこで、なんとかして信用してもらう方法はないかと必死で考えて、鈴木さんは包み紙に付着している指紋と従業員全員の指紋を照合して、一致しなければ無実を証明できると思いました。ダメもとで指紋鑑定をしてくれる会社がないかとインターネットで調べたところ、我々の会社を発見していただき、ご依頼されました。

3 指紋鑑定の流れ

 ご依頼をいただき、鈴木さんと一緒に鑑定の進め方を考えて、必要な資料を集める段取りを話し合いました。今回の鑑定の目的は、自社の従業員が包み紙を混入した犯人ではないと証明することです。それをするために、以下のような手順で鑑定を進めることにしました。

① ガムの包み紙から指紋を検出して、混入した人物の指紋を確保する。
② 鈴木さんの会社の全従業員に指紋を提供してもらう。
③ ①で確保した指紋と全従業員の指紋を比較することで、包み紙を混入した犯人が従業員の中にいるかどうかが判明する。

4 資料の確保

 鈴木さんは、全従業員を集めて、話をしました。まずは、商品にガムの包み紙が混入してしまったこと。そして、製造会社からは自社が疑われており、会社にとって非常に良くない状況あることを伝えました。その上で、製造会社に対して、ガムの包み紙が自社で混入していないことを証明したいから、指紋の提供に協力してほしいと切にお願いしました。鈴木さんの思いがみんなに伝わり、快く指紋を提供してくれました。

5 指紋鑑定の実施

 我々は、鈴木さんからガムの包み紙と全従業員の指紋を受け取り、指紋の鑑定に取りかかりました。はじめに、ガムの包み紙から指紋を検出すると、2個の指紋を確保することができました。そして、いよいよこれらの指紋と全従業員の指紋を照合していきます。

 ここから、指紋の不合致について解説します。前回のコラムで指紋が合致すると判断するには2つの指紋を比較して12箇所の特徴の一致が必要であると説明しました。

 では、不合致の根拠はというと、特徴点が1点でも一致しないことを証明すれば事足ります。指紋というものは、同じ指紋であれば必ず全ての特徴点が一致します。逆に、1点でも一致しない特徴点があると、それだけで別の指紋であると言えます。

 しかし、1点のみの比較だけでは照合間違いなどが起こりやすいため、我々は4点の異なる特徴点が確認できたら、別個の指紋と判断しています。

 この指紋が不合致と判断する基準は、我々が考えたものです。前回紹介した12箇所の特徴点の一致で指紋が合致するという基準は警察が作って、日本ではそれが一般化しています。しかし、警察は指紋を人物特定のみで使っており、別人の証明に利用しておりません。そのため、合致鑑定基準は存在していても不合致鑑定基準は存在していませんでした。そこで、我々が4点の異なる特徴で別人であると独自の基準を作って、活用しています。

 では、具体的にどのように指紋を照合しているのか、図で説明します。

 指紋を照合するときは、2段階で行っています。まずは、2個の指紋を比較し、指紋線の模様の形を見比べて、整合しているどうかを見ます。ここで、指紋の模様が異なれば、特徴点を照合するまでもなく、不合致であると判断できます。

 以下に模様が違う2つの指紋を表示します。

写真1 山なり模様の指紋
写真2 渦巻き模様の指紋

 写真1の指紋は山なりのような模様をしていますが、写真2の指紋は渦巻きのようになっています。この時点で模様が全く違うため、これらは別の指紋と判断できます。

 次に、指紋の模様が同じである場合、同じ箇所に特徴点が存在しているかどうかを見ます。以下に掲載した山なり模様A・Bの指紋を照合していきましょう。まず、Aの指紋に確認できる特徴点を4箇所指摘します。指摘した箇所は、指紋線が途切れたり、二股に分かれる所です。次に、Aの①~④の特徴点と全く同じ箇所をBでも指摘します。

 そうしたところ、Bの指紋では指紋線が途切れたりすることなく、通常の線となっています。つまり、Aの指紋では特徴点が存在している箇所に、Bでは特徴点が存在していないことを示しています。これが特徴点が一致していない状態です。この結果から、2つの指紋は不合致であると言えます。

写真3 山なり指紋A
写真4 山なり指紋B

6 鑑定結果の報告

 そのようにして、包み紙から検出した指紋と全従業員の指紋を照合した結果、一致する指紋はありませんでした。つまり、ガムの包み紙を混入させた人物は、鈴木さんの会社の従業員ではないと証明することができます。

 我々は、この結果を指紋鑑定書にまとめて、鈴木さんにお渡しすると、鈴木さんは、すぐさま製造会社に出向き、指紋の鑑定結果を説明しました。

 製造会社の担当の人は、指紋鑑定の結果から、鈴木さんの会社でガムの包み紙が混入していないと信じてくれました。さらには、指紋鑑定までして事実を証明した鈴木さんの姿勢に感銘を受けている様子だったそうです。

 ようやく、会社の信用を取り戻せて、鈴木さんは心から安心している様子でした。

【次回予告】「決め手はセロハンテープ」を予定しています。

(2023年09月29日公開)


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