1 再審法改正を訴える院内集会
前回、この連載を始めるにあたっての「イントロ」として、再審法改正に向けた日弁連の活動の歴史を振り返りました。今回から、いよいよこの2月に日弁連が公表した「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」の解説を始めようと思っていたのですが、その前にどうしてもここで取り上げたい大きな出来事がありました。
5月19日、「再審法改正をめざす市民の会」の結成4周年を記念して、参議院議員会館で再審法改正を訴える院内集会が開催され、会場参加150名、オンライン参加300名超という大盛会となりました1)。袴田巖さんと姉のひで子さんも会場に姿を見せました。
再審公判に向けた進行協議が開始された袴田事件弁護団の報告、駆けつけた多くの国会議員の挨拶、冤罪被害者、支援者、再審弁護人のリレーアピールなど盛りだくさんの内容でしたが、何と言っても集会のハイライトは、袴田事件第2次再審請求審で静岡地裁の裁判長として再審開始決定をした村山浩昭弁護士と、元刑事裁判官で、袴田事件弁護団の一員でもある水野智幸弁護士の対談でした。
2 審理の内情を明らかにした村山発言
村山弁護士は、再審を開始し、死刑の執行のみならず拘置の執行も停止して袴田さんの釈放を決断した理由、さらには東京高裁で再審開始決定が取り消されたときの思いなど、袴田事件の審理をめぐる内情を、包み隠さずストレートに語りました。
袴田事件の確定審には、高名な裁判官も複数関与していました。このため、再審開始の判断に躊躇いはなかったかとの問いに、「誰がこの判決を書いたかということで信用してはいけない」「どのような有名な裁判官でも間違うときは間違う」と言い切りました。
拘置の執行停止を決意した背景には、当時の袴田さんの心身の健康を非常に危ぶんでいた一方で、捜査機関の証拠捏造の疑いが極めて大きいことに憤り、「あとでどういう批判を受けようとも袴田さんを釈放するしかない」と合議体で結論を出したことを明かしました。
東京高裁で再審開始が取り消されたことには率直に驚いたとした上で、「袴田さんとひで子さんに本当に申し訳ないと思った。ここで敗れてしまうと、また、晴れて無罪になる日が遠のくので、どうしてもっと付け入る隙のない決定を書けなかったのか、という気持ちだった」と、当時の気持ちそのままに唇を噛んでいました。
3 再審法改正の必要性を力説する村山発言
ここまでの「告白」があまりに率直で真摯だったため、詰め掛けたマスコミは上記の内容をセンセーショナルに報じました2)。しかし、本連載で注目したいのは、村山さんがこの後に述べた、袴田事件を審理した経験をもとに再審法改正の必要性を力説した発言部分です。その、示唆に富む珠玉の言葉の数々を紹介します(全文は、季刊刑事弁護115号に「[対談]袴田事件再審決定の元裁判長が語る、再審法改正の必要性」として掲載)。
「再審法改正の必要性はそんなに強く感じていなかった。袴田事件にかかわってから、改正が必要だということを真剣に考え始めたというか、悩み始めた。退官するころには改正の必要性を確信し、現在はその確信はさらに強いものになっている」
「どうしてこんなに時間がかかるのか。袴田事件の第1次請求では静岡地裁で決定が出たのが申立てから13年後3)、即時抗告審の東京高裁で決定が出たのがさらに10年後4)。特別抗告棄却までいうと27年かかっている5)。この期間だけ見ても、どこかおかしいのではないかと思った。どうしてそうなるのか、その原因はやはり構造的な問題。条文がないからこういうことになっている。なぜそれが今まで見過ごされてきたのかを考えなければならない」
「現在の通常審は当事者主義でやっている。ところが再審は職権主義。再審の方は70年間規定が変わっていない。しかも当事者主義でやった通常審の審理を職権主義の再審で審理をしようという構造的な矛盾が、再審請求審における証拠開示の場面にはっきりと出ている。当事者が請求して証拠能力を獲得した証拠だけを裁判所が見ているわけだが、職権主義でやると、裁判所は再審請求で立てられている理由が正しいかどうかを職権で解明しなければならない。その解明するための手持ちの証拠というのが、当事者主義の通常審で取り調べられた証拠に限定されかねない。ここに証拠開示の問題が起きている」
「在官時代、裁判官が出した決定には不服申立てがあるのが当たり前だと思っていた。しかし、これまでもうんと時間がかっているし、現状でも、いま日野町事件は特別抗告されているし6)、大崎事件もつい先日、6月5日に決定がされると告知された7)ということだが、非常に時間がかかっている。日野町事件の本人はすでに亡くなられている。大崎事件のアヤ子さんはだいぶ高齢になっているということなので、こういうことが積み重なっている今、本当に変えなければいけないのではないかと思っている」
「私も含めて、実務家も研究者も、改正についての研究を怠っていた。改正のための努力も不十分だった。その中で、いつまでたっても冤罪が救済されない方々がいる。そういうことが今の日本の社会で起きているということについて、それでいいんでしょうか、という形で、なんとかこの不正義の状態が続いているのを正すための手段として、再審法を改正して、救済されるべき人がきちんとルートに乗って、なるべく早く救済されるような道を作っていきたい」
「再審をやりやすくしたら、濫訴になると考える人はいるだろう。ただ、それを恐れていて変えられないというのではなくて、スクリーニングなどの方策を講じればよいのであって、一般的な事件について準則を定めることについて、そんなに濫訴の危険を考えるのはどうかと思う」
「自分は元裁判官であり、どこまで行っても裁判官だったという肩書は外れないと思う。裁判官の立場でも、裁判官として再審請求事件をきちんとやれるような法整備にしたいと思っている。もちろん、再審請求人の権利の実現というのが最優先だが、それだけではなくて、法曹として皆がかかわっている事件だから、きちんとお互いがやりやすいようなルールを定めていきたい、そういう側面でも発言していきたいと思っている。これから再審請求審を担当する裁判官のためにも、改正を実現したいと思っている」
4 村山弁護士と袴田巖さん・ひで子さんと運命的対面
この集会の開始直前、非公式な場で、村山弁護士と袴田巖さん・ひで子さんとの初めての対面が実現していました。ひで子さんは村山弁護士に「巖の命の恩人」と謝意を述べ、村山弁護士はひで子さんに「一人の人間として尊敬している」と伝えたそうです8)。死刑再審という想像を絶する闘いを続けてきた袴田さんと、その闘いから袴田さんを救出した村山弁護士との運命的な対面が、再審法改正の実現に向けて、歴史の歯車を動かしたのかもしれません。
5 大崎事件不当決定と再審法改正
実は今回のコラムを執筆したのは5月末でした。その直後の6月5日、大崎事件第4次再審の即時抗告審を審理していた福岡高裁宮崎支部は弁護側の即時抗告を棄却し、再審を認めない決定をしました9)。弁護団は1週間後の6月12日に特別抗告を申し立て、審理の場は最高裁に移りました。そして、その3日後、一貫して無実を訴え続けている大崎事件の原口アヤ子さんは96歳の誕生日を迎えたのです。
村山さんが、高齢のアヤ子さんを気遣い、再審法を「今、本当に変えなければいけない」と発言したように、冤罪当事者が命あるうちに雪冤を果たすことができないほど、再審請求の審理が長期化している最大の要因は、現行再審法制の不備、とりわけ、証拠開示を含む具体的な審理手続を定めたルールがないことと、再審開始決定に対する検察官抗告の存在です。
そこで次回は、日弁連の「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」の中で、再審請求における検察官の役割と、再審開始決定に対する検察官抗告に関する条文案を解説したいと思います。
注/用語解説 [ + ]
(2023年07月05日公開)