13 押収拒絶の第一次判断権者が不在の場合
大出 もう1つ、課題として確認しておく必要があるのは、令状執行に来た際に判断権者がいなかった場合です。今回は弁護士が何人かいて、実力行使に対抗するだけのバリアをつくることができたかもしれません。
第一次的判断権者がいないときに押収することには問題があるという議論はかつてからあります。かなり早い時点で、後に検事総長になる伊藤栄樹が、弁護士が不在であった場合の設例事例についてですが「一時捜索・差押を中止し、弁護士の現われるのを待つ等の方法をとった方がよかった」と指摘していました(「刑事訴訟法演習講座(9)」警察学論集18巻11号〔1965年〕153頁)。
それにしたところで、弁護士がいないときを狙って来ることは、今後起こってくる可能性があります。そのときに、どういう対応策が可能なのか。もちろん、最終的には、それで押収されてしまったときに、どういう手当てがありうるのかということも含めて、議論しておく必要があると思います。
弘中 いくつかポイントがあると思います。弁護士がいなくても誰かが立ち会うわけです。日中だと、弁護士が不在でも、少なくとも事務の人はいます。その場合、事務の人も、大抵の場合は、電話などで弁護士に連絡することは可能です。そうしたら、弁護士がその状況を聞き取って、検察官を電話口に出させて、「今読み上げてもらった令状のものについては全部押収拒絶権を行使する」と電話で宣言することにより、押収拒絶権を行使できるのではないかと思います。
大出 できるというか、できることにしないとおかしいということだと思います。つまり拒絶権の行使は、どういう形式や方法を必要とするのかについて制約する規定はないのですから、権限に基づく主張ができる機会をきちんと保障すべきだということでしょうね。
弘中 もっと言えば、何かの都合で電話口に弁護士が出られない、あるいは連絡がとれないときには、弁護士があらかじめ包括的に事務職員に委任しておいて、事務職員が弁護士に代わって拒絶権を行使できるかという問題があります。さらに、それがだめだということであれば、押収されて持っていかれた場合に、準抗告か何かで弁護士が後から押収拒絶権を行使して押収物を取り戻すことが可能かどうかという問題があります。
大出 そうなると、事実上、秘密性は完全に失われてしまうわけですね。
弘中 時間にもよるでしょうけれどね。
大出 一般的には、判断権者が不在でも捜索・押収は可能であると解されていますが、大コメも、「その責に帰すべからざる」場合には、時間的な制限を設けて、事後的な申立てが許されるとしています(前掲331頁)。その前提としては、不在の「ねらい打ち」があり得ることを指摘していますから、であれば原則的には、捜索・押収は不能という議論がなければおかしいですね。まったくないわけではないかもしれませんが、弘中さんがおっしゃるような弁護士本人に何らかの形で確認する手立てを講じるというのも、便宜的な方法ではありますね。連絡がつかなければそれっきりだという話になりますから、そうではなくて、権限行使できる人間がちゃんといるときでないと捜索はできない。論理的には、少なくとも押収行為に入ることはできないということでないとおかしいはずです。
後藤 もし、そこが確認できるのであれば、拒絶権行使の機会を与えずに差し押さえてしまった場合は、差押手続に違法があることになるので、押収拒絶権を事後的に行使するという話ではなくて、差押手続が違法だという理由で取消しを求めるという論理が可能になります。
大出 結局は、秘密性というか、守るべき利益が、いったん押収されてしまうことによって失われてしまう危険性が高いですね。
弘中 押収されたものによるのではないですか。コンピューターの中のデータなどの情報だったら、コピーされてしまったらおしまいでしょうけれど、書類などの文書だったら、原本を取り返せば、少なくとも証拠申請をすることは困難になるのではないですか。
大出 そうですけれど、一遍持っていかれることによる不利益はありますからね。
弘中 もちろん、それ自体はありますけれど。
小佐々 今回、われわれが思ったのは、弁護士事務所には、ゴーンさんから預かったものではなくても、刑事・民事いずれについても、ほかの人から業務上、預かったものがたくさんあるので、それも含めて、私たちは拒絶対象物だと考えるということです。刑事弁護をたくさんやっている私たちの事務所だったら、それは本件に限らず、公判準備段階のものなど秘密はいっぱいあります。
弘中 今回の場合、仮に捜索令状を出すにしても、ゴーンさんがいた部屋に限るなら、まだともかくとして、本件の場合には法律事務所内のすべて、つまり事務局から各弁護士のブースまで全部を対象にした令状だったわけです。それはいくら何でも範囲が広すぎると思います。
大出 刑訴法105条に対象職業が列挙されているとはいっても、弁護士の職業の特殊性を考えたときには、単に列挙されているもののひとつだということではない、保障処置が必要だということになってくると考えるべきですね。
それから、さっき捜索拒絶までの明文規定がない点について議論しましたが、明文がないのは権限がないからではなくて、逆に言えば、押収拒絶権を認めている以上、あえて明文を置く必要がないと解釈することもできそうです。
弘中 当然の解釈ですね。
大出 押収拒絶をすれば、当然それは持っていけないわけですから、さっき議論があったように、持っていけないものを探すこと自体、無意味なことでしかないですから、規定も必要ないということです。弁護士の職務からすれば、当然そうなる。ほかの職業についても、吟味してみた方がいいかもしれませんが、弁護士の場合は、当然そういうことが、論理必然的にいえるという議論はありうると思います。ですから、明文がないことは決して不利ではなくて、主張の根拠としては十分いえることだと思います。
ただ、押収拒絶するかどうかの確認を求める場合でも、検察側の対応の仕方としては、誰もいないときに強行手段をとることも、今回の事態を見る限りではありうることではありますね。
小佐々 そうですね。1回目と2回目の間に、われわれも小さな抵抗ですが、貸与パソコンに、「これは押収拒絶対象物です」という貼り紙をしておいたり、部屋に鍵をかけておいた。それは、どんなことがあっても拒絶対象物だというのは明らかですから。
2回目の令状の対象物は網羅的だったので、それについてまで全部書いてはいませんでした。それをやろうと思ったら、入口に貼るくらいしか手だてはないと思います。
大出 結局、検察側の権限行使が、どこまで、どういう形で認められるかということにかかります。裁判所が令状を出すときに、弁護士事務所だということが想定できる場合、その段階で弁護士に書面を求めるなどが、本来あってしかるべきだということになります。そうでないと、検察側に勝手放題にやられてしまう危険性が当然出てくるわけです。
弘中 民事事件の仮処分の重大なケースでは、裁判所は双方の弁護士を呼んで、双方の意見を聞いたうえで結論を出すようにしています。それと同じように、法律事務所の捜索差押令状を出すには、弁護士にも連絡して、弁護士が「押収拒絶権行使します」と述べたら、その段階で、裁判所は令状申請を却下する、という取扱いをすべきだと思います
後藤 そういう手続は現行法にはありませんが、学説では、令状請求に対して事実の取調べとしてそういう確認をすべきだというのはあります。今の法律の中でそれをやろうとしたら、提出命令的な考え方で運用するやり方がありうるかもしれない。つまり裁判所がするときはまず提出命令をかけると思います。博多駅事件(最大決昭44・11・26刑集23巻11号1490頁)の場合、差押えでなくて、報道機関に提出命令を出しています。
たとえば法律事務所内で相手方と交渉した際に、その相手方の人が何か忘れ物をした場合、そのものは、確かに弁護士が委託を受けたために預かったものではないかもしれないので、それは押収拒絶権の対象ではないかもしれない。そういうものを差し押さえるのであれば、差押許可状だけを出すというやり方があると思います。
弘中 捜索の令状ではなくてね。
後藤 捜索は許さない。弁護士も、その令状がきた場合、これは拒絶権の対象ではないと判断すれば、「じゃあ、出します。これですから持っていってください」という対応をすればいいわけです。
大出 それは現行法でできることだと思います。
後藤 要するに、捜索を含まない、差押許可状だけを出すわけです。場合によっては、弁護人はそこで争ってもいいわけです。これは解釈が分かれているところだけれど、許可状に対しても、刑訴訟429条1項2号の準抗告ができるという考え方によれば、差押令状を持ってこられて、これを争いたいと思ったら、それに対して準抗告して争う手段もあるし、そこで押収拒絶権を行使することもできます。
そうすれば、押収拒絶権の対象であるものを探すために捜索することはしなくて済むようになります。
大出 ただ、そのときには、ワンクッションおくことになりますね。
後藤 その前提として、弁護士が、そのときに急いで証拠隠滅したりしないという信頼が前提になりますが、提出命令に準ずるような形になります。
大出 一定の立法措置を講じたうえでということですか。
後藤 このやり方は、今の法律でも運用でできると思います。
(2020年05月07日公開)