ゴーン事件弁護士事務所の 捜索差押えと押収拒絶

拒絶権をめぐる弁護士と検察の攻防


9 押収拒絶は捜索拒絶を含むか

大出 最終的には、押収拒絶権と捜索拒絶との関係が問われることだと思います。押収拒絶権は、論理必然的には、弁護側の立場からすれば、捜索拒絶につながらざるをえないことは、今までご議論いただいたところから明らかだと思います。そこが権限として認められることになるかどうか。つまり条文の建付けとの関係で、捜索拒絶が想定されていないのかどうかです。

弘中 捜索拒絶ができないという理屈は、どういう理屈ですか。

大出 まずは明文がないということから始まって、押収拒絶物かの判別の必要性があるという主張はされています。それから、そもそもの押収拒絶権自体が政策的な権限でしかないということ。あとは、刑訴法102条2項が、場所の特定について、つまり弁護士事務所など、押収拒絶権が行使されるかもしれない場所であることの疎明を求めていない、といったことです。ですから、押収拒絶権との関係で、捜索拒絶が起こってくることを、裁判官は令状発付にあたっては予測することができないということです。

後藤 このあたりの強制処分の規定は、基本的に旧法の構造を引き継いでいるので、差押えは非常に重い強制処分として意識しているけれど、捜索とか検証はやや軽視されています。今は、情報がモノよりも重要視されるので、捜索や検証という強制処分が大きな問題になります。刑事訴訟の構造がそういう時代に即応していないために、いろいろなところで問題が出ていますが、これもそのひとつかもしれないですね。

 でも、押収拒絶できるけれど、中身は捜査官が見てもいいという、結論はおかしいですね。それでは秘密が守れない。秘密が保持できるかたちでないといけないので、さきほどの検証の問題も同じで、おそらく裁判所には、押収できないものを検証させるのはおかしい、という考え方があったのではないかと推測します。

大出 渡辺修さんは、事務所現場で押収拒絶の意思表示をした時点で、押収禁止だけでなく「捜索遮断効」が生じることを主張しています(前掲・河上古稀386頁以下)。その理由として、秘密性が事実上侵害されることとか、先ほどちょっと触れたように最終的には、憲法的根拠に支えられているということで、憲法34条と37条3項の刑事に関わる防御の利益ということを指摘しています。

 さらに刑訴法上は、さっき触れた捜索拒絶権はないという議論の根拠にされていたと同じ条文である102条2項が、「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合」に令状発付が可能ということになっており、その限りでは、押収拒絶がないという前提がないと令状は出せないと解することも可能であることや、刑訴規則の156条3項が「差し押さえるべき物の存在を認めるに足りる状況があることを認めるべき資料を提供しなければいけない」と規定し、押収拒絶が予想されるということだとすれば、令状は出せない可能性があると示唆されています。

 そのあたりのところは、これまで必ずしも十分には検討されてないと言ったほうが正解かもしれません。

後藤 「押収すべき物」というのは、刑訴法99条1項が言う差押え対象物のことだと普通は考えられているでしょう。つまり、「証拠物または没収すべき物」です。押収拒絶権の対象かどうかという判断がそこに入るかどうか、ちょっと微妙かもしれませんね。

 ただ、確かに捜索拒絶権という明文規定はないけれど、捜索差押許可状に拠る捜索は何のために認められるのかと考えると、押収物を発見して差し押さえるためです。捜索着手前から押収拒絶権の行使によって押収できないものだとわかっていたら、捜索する意味はない、つまり捜索の必要性がないことになります。令状が出ていても、その場面では、捜索の実体要件としての必要性が欠けるので、捜索はできないという結論になりそうです。

 そうすると、令状記載の差し押さえるべきものすべてが押収拒絶権の対象物だけなのかが問題になるけれど、それは令状の記載を見るだけで、すべて業務上預かったもので秘密に関わりますという弁護士の判断はできるでしょう。それはすべて押収拒絶しますと言われた時点では、もはや捜索する意味がなくなります。

小佐々 キャビネットの捜索の件で、「キャビネットの中のものはすべて押収拒絶対象物なんだ」と、こちらは説明した。そうすると、検察は「それであれば、押収拒絶するものをすべて出してください。それを見せてください」と言うわけです。ですから、「何も残りませんよ」と言うと、「それを確認させてください」と言う、そんなやりとりもあったくらいです。そこまで捜索の意味を広げるというのはおかしい。

 捜索は差し押さえるために、それを発見するためにやるものなのに、ないのを確認するためにやるという捜索があるのであれば、こちらとしては、それ以上、反論しようがありません。

大出 そのときに、検察は内容的に、拒絶可能なものかどうかの確認まではしない、できないということは認めているわけでしょう。

小佐々 弁護士のほうで押収拒絶対象物だと思うものを、検察は内容を確認しないから出してもらって、それを確認させてくれという、そこに何の意味があるのですか、と言いたいです。

大出 事実上、意味がないことですね。

(2020年05月07日公開) 


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