裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第4回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第4回

私たちには優しい裁判長

吉中宏子さん

公判期日:2024年6月13日~6月27日/東京地方裁判所
起訴罪名:覚醒剤密輸ほか
インタビューアー:田口真義


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インタビューを受ける吉中宏子さん(2024年12月18日、古平衣美さん撮影)

プレゼン——初公判

 初公判までの2週間、特段の変化もなく淡々と過ごしたという吉中さん。そして、裁判員の間は家を普段よりゆっくり出て、早く帰ってくるという生活に変化し、それまでの緊張とストレスの日常から解放されたそうだ。

 長年繰り返してきた日々の生活だからこそ、その変化が新鮮に感じるのだろうか。ただ、その代償は裁判員として苦悩する日々になるわけで、果たして釣り合うのだろうか。

 「プレゼン」と裁判長が言ったイメージを初めて入った法廷で、「見て、聞いて」理解したそうだ。その冒頭陳述への評価はどうだったのだろうか。被告人は否認していた。

 心地よいトーンで滑舌良く展開される検察官の冒頭陳述は確かに引き込まれる。一方の、法理に徹した弁護人の威風堂々とした佇まいは被告人としては安心できる存在だろう。なかなか拮抗した序盤戦だ。この後に展開される双方の応酬に注目したい。そして、裁判長の訴訟指揮にも。

円ですか? 元ですか?——公判

東京地方裁判所正面(東京・霞が関。刑事弁護オアシス編集部撮影)

 被告人は、中国版SNSで知り合った依頼人から、違法な精力剤を日本に輸入したいから手伝ってほしいと頼まれて、メキシコタイル(メキシコの伝統工芸品)に練りこまれた約4キログラムの違法薬物を輸入したとされていた。

 検察官の理屈にはやや驚きだが、それを補うだけの不可解な事実が積み重なっていく。募る疑問を解消するためにも被告人質問の際、吉中さんは勇気を出して挙手をした。

 意外な裁判長の割り込みに驚いていると、耳を疑う出来事がこの法廷では起きていた。

 裁判官の人間的な本質と裁判員仕様としての建前、評価は避けるが裁判官の本質は評議の際にも表れる。結局、補充尋問や質問においては、「聞けば聞くほどおかしいね」という感想だったという。

 そして、論告求刑では、検察官から「懲役14年、罰金7,000万円」という求刑と、弁護人からの無罪主張の最終弁論がなされ6月24日に結審した。

 実は、結審より前の21日は被告人の共犯者とされる人物(不起訴)の証人尋問が予定されていたのだが、この証人が出廷できなくなり休廷となった。しかし、「休みにせずに、ここまでの話をまとめる日にしましょうか」となって、いわゆる中間評議となった。

 裁判長の意外な側面によって闊達な議論が展開され、充実した中間評議となったようだ。ただし、時系列でいうと結審前、論告求刑と最終弁論がなされる前の話である。そして、ここからが本来の評議である。

ぐうの音も出ない——評議〜判決

 確かに、裁判長の説明は少しいい加減な気がする。示された量刑検索システムの範囲が12~18年とのことで、求刑の妥当性は理解したそうだ。ところで、否認事件であるという前提はどこへ行ったのだろうか。

 「疑わしきは被告人の利益に」、無罪推定の原則は冒頭陳述で弁護人が唱えたきりで、裁判長からの説示は記憶にないそうだ。さらに、トドメともいえるやりとりが起きる。

 裁判官の独立、裁判長の訴訟指揮権、判決も含めて当否は問わない。ただ、裁判員の目から見た1つの事実だ。議論の結果として、懲役12年、罰金6,000万円という判決を吉中さんたちは被告人に言い渡した。

 吉中さんの悶々とした気持ちは治まらず、帰宅後に法学部の娘さんにぶつけた。娘さんは、学業の合間を縫って論告求刑や判決日を含めた3日間を傍聴していた。

 実は一番冷静に母の裁判員裁判を見ていたのかもしれない。娘さんに拍手喝采だ。

笑顔のない仕事——裁判後

 公判中に仲良くなった同窓裁判員たちとSNSで繋がり、判決日には打ち上げもしたという吉中さん。晴れて裁判員経験者となった今、あらゆる意味で非日常だったその経験を振り返ってもらいたい。

 長年、顧客満足度を高めるために、自らを高め磨いてきた吉中さんだからこその深い感想だ。今回の経験は必ず仕事に、その後の人生に役立つはずである。

(2024年12月18日/2025年1月5日インタビュー)


【関連記事:連載「裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語」】
第1回 プロローグ
第2回 よそよそしい4日間(味香興郎さん)
第3回 許せない罪(西澤雅子さん)

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(2025年04月11日公開)


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