裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第4回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第4回

私たちには優しい裁判長

吉中宏子さん

公判期日:2024年6月13日~6月27日/東京地方裁判所
起訴罪名:覚醒剤密輸ほか
インタビューアー:田口真義


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吉中宏子(よしなか・ひろこ)さん(2025年1月5日、古平衣美さん撮影)

友達が裁判員!?

 前作『裁判員のあたまの中』に収録されている裁判員経験者に、古平衣美(こだいら・えみ)さんがいる(「予定どおりの3日間」115頁~)。彼女は、自身の経験から人と議論する素地を子どものうちに身につける必要性を痛感し、子ども向けの「ディスカッション講座」を始めた。私も当初からお手伝いをしていて、子どもたちの自由な発想に毎回感動していた。その古平さんから、「実は、友達が裁判員に選ばれたらしくて……」と相談を受けたのだった。奇しくも、そのお友達というのが彼女の講座にお子さんを参加させていた吉中宏子(よしなか・ひろこ)さんだ。しかも、そのお子さんは現在、大学の法学部に在籍しているという。

 ディスカッション講座以来、約10年振りにお会いした。当時、小学生だったお子さんが大学生というのも頷ける歳月だし、なんといっても法学部へ歩みを進めていることが感慨深い。東京丸の内にオフィスを構える大手企業が吉中さんの勤務先だ。制度施行時から裁判員休暇制度が整う国内でも一握りの企業の会社員であり、家では娘をもつ母親、主婦でもある彼女の裁判員経験は、ついこの前と言ってもよいほど新鮮だ。

「裁判員候補者の雇用主・上司の皆様へ」(裁判員候補者登録通知の一部分)

 日々の日常を当たり前にきちんと生活する人なら、大いに共感できる。ところが、その日常を揺るがす通知が突然くる。2023年秋に裁判員候補者登録通知が吉中さんに届いた。

 確かに、裁判所からの通知で良い知らせというのはあまり聞かない。それでも、この時点では遠い世界の出来事で、「どうせ当たらないし、自分には関係ない」と捉えていた。ところが、大学法学部の娘さんに打ち明けたことで少しだけ興味が湧く。

3日でいいのかな?——呼出状

 娘さんの歓喜の声に心躍った。もちろん、未来の法律家にその機会が巡ってくることの意義は大きい。しかし、今回は母である吉中さんの出番であり、彼女の物語だ。娘さんへの告白から程なく経った4月のある日、裁判所から2通目となる呼出状を受け取る。

 この頃に、私も古平さんから冒頭にある相談を受けた。3~4日で終わりますと宣伝していた制度初期から、裁判員裁判の公判期間は膨らみに膨らんだ。今や平然と社会で働く一般市民から2週間もの時間を拘束しようとする。強いて言えば、呼出状から選任手続日まで1カ月以上、選任手続から初公判までが2週間とかなりの時間的余裕を設けている点が救いかもしれない。

 さらに、吉中さんの場合は勤務先からの大いなる理解が大きな後押しとなった。

 大企業という点はもちろん加味すべきである。しかし、その中で働く人たちの多大なる配慮と優しさ、決して歯車ではない人の温かみが吉中さんを裁判所へと送り出す。何より普段からの人間関係を上手に構築してきた彼女の人柄が大きいだろう。

ちょっと惜しいぞ——選任手続

 選任手続当日、吉中さんは余裕をもって30分くらい早く裁判所に着いた。

 いきなり痛烈な指摘が入った。2人ペアで、会社としてチームで日々の業務を円滑に運んできた吉中さんだからこその意見だと思う。

裁判員・補充裁判員に、その経験を周囲に伝えるようお願いする裁判所のパンフレットの一部分
裁判員・補充裁判員の職務に従事したことを証明する書類

 気を取り直して選任手続の様子に移ろう。当日は30名弱の候補者が集まったそうだ。

 弁護人の評価には突っ込みどころ満載だが、本質を捉えた的確な受け止め方だと思う。そして、この法曹三者との対峙を経て吉中さんの気持ちに変化が現れる。

 裁判所と職員への失望を挽回した法曹三者の存在感。彼女が乗り気になったら、必然的な運命が動き出す。

 ものすごく率直な感想だと思う。単純な喜びだけではない複雑な心境に深く共感する。そして、男女3人ずつと、補充も男女1人ずつの8名。20代から60代までのモデルケースのような裁判体ができあがった。

 この日、午前休にしていた吉中さんは、裁判所を出てから2つ隣の東京駅へ急いだ。

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(2025年04月11日公開)


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