裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第3回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第3回

許せない罪

西澤雅子さん

公判期日:2018年4月23日~4月26日/青森地方裁判所
起訴罪名:殺人罪
インタビューアー:田口真義


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西澤雅子(にしざわ・まさこ)さん(2024年12月8日、筆者撮影)

美味しいリンゴ

 今シーズンもたくさんのリンゴが届いた。送り主は青森県弘前市に住む西澤雅子(にしざわ・まさこ)さんだ。

 青森と言えばいろいろあるだろうが私は断然リンゴだ。一時期、津軽の農協から6か月間のコースで毎年取り寄せていたくらいだ。弘前大学の裁判員イベントに招かれた際にそんな話を彼女にしたら、「あのね、本当に美味しいリンゴ送ってあげるから」と言われ一週間もしないうちに大量の、それも食べたことのないくらい美味しいリンゴが送られてきた。そんなことがあって西澤さんとの交流が始まった。2024年11月には無事にLJCCへ登録していただき、東北交流会への初参加を果たしていただいた。

青森から送られてきたリンゴ(2024年11月28日、筆者撮影) 

 事件は35歳の息子が62歳の母親を包丁で刺し殺すといういわゆる「尊属殺人」だった。「子が親を殺したり、親が子を殺したりしたら絶対に罪が重くなる」と耳にタコができるくらい母親から言われて育ったという西澤さんの死生観は、ご自身の周囲におけるたくさんの死を嚙み締めた発言からも窺える。殺人罪において、被害者が親や祖父母などの直系尊属だった場合に、刑を加重(死刑または無期懲役)するという尊属殺人重罰規定は刑法200条に定められていた。しかし、1973年の最高裁判決で違憲とされ、時を経て1995年の刑法改正時には正式に削除された。それでも西澤さんは、「子どもが親を殺すのは絶対に許せない」と何度も繰り返した。

 本当に過酷な看病と介護に明け暮れた日々の様子が伝わる。その反動からか、初めてお会いしたときからとても明るくお洒落で、東京の事にも詳しくハイカラな印象を受けた。

とんでもない誕生日

 本来、天真爛漫なお人柄なのだと思う。伴侶の務め、妻の責任として最後まで夫の世話をし、看取るまでの時間を捧げられてきたことに、ただただ頭が下がる。当時70歳を手前にした西澤さんにとってはかけがえのないご褒美の時間だったに違いない。そして、存命ならかけられたであろう亡夫からの言葉にも不思議な説得力がある。

 登録通知を受け取ってから数カ月後、なんと西澤さんの誕生日に呼出状が届いた。とんでもない誕生日プレゼントを裁判所は用意したものだ。それ以上に、裁判所の説明が気になったので調べてみた。裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第16条には、70歳以上は辞退事由になると明記されているがその年齢に達する時期については言及されていない。しかし、私が保管する資料(参照)のうち候補者登録通知に同封された調査票には「(登録された年の)1月1日現在、70歳以上である」という選択肢があり、該当する場合は辞退できるという説明がある。法律に書かれていない1月1日という時期が突然現れる。当時はあまり気にしていなかったが、そんなルールがあったのかと今さらながら思った。

 ところが、その次の呼出状に付された質問票にも同じ設問があり、補足として、「裁判所にお越しいただく予定日(いわゆる公判期日)の最終日までに70歳になられる方であれば、辞退することができます」(参照)と添えられている。額面通りに読むと、裁判所へ行くより前の呼出状を受け取った日に70歳になった西澤さんは堂々と断ることができたはずだ。法律にない日付もさることながら、その基準が登録通知と呼出状で違うという点は不可解なものだ。そして、選任手続への出頭率低下によほど切羽詰まっていたのか裁判所の職員に一芝居打たれたのかもしれない。あるいは、裁判所が二つの通知の矛盾に気づいていないだけなのだろうか。

 ともあれ、西澤さんは呼出に応じて渋々と裁判所へ出向いた。

A 候補者登録通知(名簿記載通知)に同封された調査票
B 呼出状に付された質問票

簡単な事件です——選任手続

 裁判所の説得の甲斐あって、それなりの人数が集まったようだ。

 迷った末に、「憧れのお一人様生活」のうちの数日間を犠牲にしようと決意した西澤さんを裁判所は放さなかった。2名の補充裁判員のうちの2番目、つまり最後の1枠に選ばれたのである。選ばれるつもりで行ったものの番号は出なくて、一度は切り替えて遊ぼうとしたのに、最後の最後で選ばれた。とても複雑な心境が窺える。

 事件は、2017年11月に西澤さんも暮らす弘前市で起こった。同じ市内といっても広い。被告人と被害者である母親の自宅は別名「津軽富士」と呼ばれる岩木山の麓にある。冬は雪深い地域であり、まさに雪国の慣習が原因となった。

 パートへ出る前に、息子に雪かきをしておくように言っておいたが、帰宅しても何もしていなかったため口論に。激昂した息子は台所の出刃包丁で母親を背後から一突き。そのまま失血死だったそうだ。

 雪国あるあるとでも言うのだろうか、まさに地域性が絡む事件だ。そして、「簡単な事件」が幕を開ける。

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(2025年03月14日公開)


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