リレー連載 袴田事件無罪判決を読む<br>第3回

リレー連載 袴田事件無罪判決を読む
第3回

誤判原因究明制度の確立を(上)

袴田事件を教訓として

指宿 信 成城大学教授

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1 はじめに

 2024年9月28日、袴田事件の再審公判において袴田巖さんに無罪判決が言い渡された。同年10月9日には検事総長声明というかたちで控訴断念が表明され大きな批判が起きた。無罪確定を受け、メディアでは死刑再審無罪という結末に至るまで超長期にわたって何故再審の門が開かれなかったのか、そもそも袴田さんはどうして死刑判決を受けることになってしまったのか、特に五点の衣類や共布のねつ造の経緯やほとんど採用されなかった自白調書の作成過程等についてきちんと検証すべきだという論調が現れるようになった。

 こうした世論を受けたわけではないだろうが、同年12月26日に袴田事件について最高検察庁から「検証結果報告書」が、静岡県警から「再審無罪判決を踏まえた事実確認の結果について」が公表された。だが、いずれの報告書も、再審請求審における対応に当時としては無理のない対応であったが今は改められていて再審に協力しているとか、当時の取調べは違法だったが今では対策ができているとか、現時点での問題解消を強調し、今後、誤判を防ぐためにどのような改革が必要かを検討する内容となっていない。さすがにこれでは国民の望んだ調査結果とはいえないとしてメディア等で強い批判を受けている。

 そもそも、こうした誤判とされる裁判が起きたとき、なぜその原因を究明する必要があるのだろうか。それはいうまでもなく、冤罪事件の当事者を救済するだけでは不十分で、二度と同じ過ちを起こさないような改革・改善が不可欠だからだ。

 そのためには、関係した手続や仕組みを検証しなければ原因を突き止めることはできない。原因がわかったときにはじめて改革・改善のための手当を検討することが可能になるからだ。社会的に関心を集める事件においては、裁判で真相解明が期待されているところがあるが、刑事裁判は被告人の有罪を立証できるかどうかが確認される手続であって自ずと限界がある。裁判は証拠に基づいて事実が認定される場に過ぎず、法執行機関の違法な活動が争点になるといってもあくまで証拠の採否が争われるだけだ。裁判である以上、当事者が争わなければそうした争点が顕在化することもない。

 一方、わが国においても諸外国においても、航空機事故や列車事故といった社会の注目を集める大きな事故が起きたとき、事故原因の究明が行われている——それは飛行機会社や鉄道会社の過失責任をめぐる裁判とは別に。重大インシデントと呼ばれる事象に対する説明責任として社会制度において当然備わっておくべき仕組みなのである。どの航空会社も鉄道会社も、事故後は安全に十分に配慮しているので改善は不要と主張したりはしないだろう。刑事司法においても、再審で無罪ということになれば、誤って逮捕、起訴あるいは有罪としたプロセスのどこかに誤りがあったはずであり、そうした過誤を明らかにして再発を防止する必要がある。しかも、今回はこれで戦後5件目となる死刑判決に対する再審無罪判決なのである。ひとり刑事司法が国家としての仕組みにおいて検証作業の対象から除外されるべき理由はないだろう。

 とすれば、死刑再審無罪という司法における重大な司法過誤の解明について、その当事者である警察や検察が検証するというやり方自体に疑問があるのは当たり前だ。民間で重大な不祥事が起きれば外部から有識者を招いて検証する「第三者委員会」制度が定着しているのをみてもその疑問が裏付けられる。当事者が内部で検証しても社会的な信用は得られないからだ。諸外国の誤判原因究明に関わる制度をみても、独立した第三者機関が実施しているのがほとんどであることがわかる。

 かねてから筆者は、誤判原因の究明がなされなければ誤判防止もままならないことを説いてきた[1]。2012年に刊行した『えん罪原因を調査せよ——国会に第三者機関の設置を』(以下「前著」という)[2] でも、共著者と共に国会の責任においてそうした調査を行うべきだと論じたところである。

 本稿では、これまで世界で実施されてきた誤判原因究明制度について、さまざまな取組み方があるところ、これを概観し、そうした制度を設計するにあたって重要と思われるポイントを抽出し、将来の制度構築の参考となるべく提供したい。また、こうした制度を設けるにあたって不可欠な視点を明らかにし、この国で刑事司法に関わる誤りを繰り返さないようにする上で何が足りないのかを指摘したい。

2 二つのアプローチ

 現在、世界で行われている誤判原因の究明方法として概ね二つのタイプがある[3]

 第一は、特定の事件を対象にした検証委員会方式だ。重大な誤判事件が起きたときに、当該事件を対象に手続上の過誤を明らかにするため設置されるタイプだ。

 第二は、特定の事件が契機となるにせよ、制度全体を検証する方式だ。重大な誤判事件が続いたときに、当該管轄の刑事司法制度を見直す目的で設置されるタイプである。

 第一を「事件調査型」、第二を「制度検証型」と呼んでおく。

 前者はイギリスやコモンウェルス系の国々で採られている方式である。しばしば「王立(Crown)」の名前が冠され、国家的な取組みであることが自明となるような名称が検証する委員会に付けられる。後者はアメリカ合衆国の州レベルで見られる方法である。州によって誰がイニシアチブを取るのか様々で、政府・議会が諮問するタイプや、NPOなど外部団体が始動させるタイプ、官民の協力によって実施するハイブリッドタイプと分けられる。

注/用語解説 [ + ]

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(2025年03月26日公開)


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