連載 再審法改正へGO!

連載 再審法改正へGO! 迅速・確実な冤罪救済のために
第20回

最高検の「検証結果報告書」を検証する(下)

鴨志田祐美(日弁連再審法改正実現本部 本部長代行)


 前回は、最高検による「検証結果報告書」(以下、単に「報告書」といいます)の概要を紹介しました。今回は、この報告書が、いかに「検証」と呼ぶに値しない、問題点だらけのものであるかを解説していきます。

4 検証の方法、期間についての問題点

 袴田さんの再審無罪判決が確定してから、最高検が報告書を公表するまでの期間は約2カ月半でした。事件から死刑の確定までに14年、第1次、第2次の再審請求に合計43年を要した事件の捜査、公判、再審請求審、再審公判での問題点を、たった2カ月半でつぶさに検討することなど、どう考えても不可能でしょう。実際、この検証では、当時の関係者への聞き取り調査などは一切行われず、確定審と第1次・第2次の各再審段階の記録を読み返して検討しただけのものであり、この点だけをもってしても「検証」の名に値しないと言わざるを得ません。

5 検証の視点、対象の設定についての問題点

 さらに深刻なのは、最高検の検証の視点、検証の対象の設定の仕方です。

 本来、冤罪事件の検証とは、「捜査機関も含めた刑事司法全体が、なぜこのような冤罪を生じさせてしまったのか」という観点で、誤判冤罪原因を究明しなければならないはずです。ところが、今回の報告書は、検証の対象を①「再審請求手続が長期化した要因」と②「捜査公判等の問題点」に限定した上で、それらについて「検察官の対応に問題はなかったか」という観点から検討するという方法を採っています。

 これでは、「検察の対応」にばかり目が向いて、警察も含む刑事司法全体の問題として誤判冤罪原因を解明することができないばかりか、それぞれの検証項目の検討が意識的、無意識的に「身内を庇う」方向に向かうのではないかという疑念をぬぐえません。

6 検証結果についての問題点

 前回述べたとおり、再審手続の長期化の原因として検討された各項目のうち、最高検は検察官抗告、再審公判における有罪立証には問題はなかったと結論づけています。しかし、その結論は、あくまで最高検自身の主観的基準に照らして「問題がなかった」としているだけではないでしょうか。静岡地裁の再審開始決定に検察官が即時抗告を申し立てたことで再審開始の確定までに9年を要し、特に東京高裁に差し戻されてからの2年余りは「1年2カ月味噌に漬かった5点の衣類に付着した血痕に赤みは残るか」という論点をめぐる主張立証が展開されました。その結果、2023年3月に確定した差戻し後高裁決定で「赤みは残らない」と決着したにもかかわらず、検察官は再審公判でも再び同じ論点の主張立証を繰り返したのです。それなのに検察官の抗告と再審公判での活動の双方に「問題はなかった」と結論づけるのは、あまりにも一般市民の感覚と乖離しています。

 また、第1次請求審において弁護団が5回にわたる証拠開示命令の申立てを行ったのに対し、検察官が「証拠開示の法的根拠がない」ことを理由に証拠を開示しなかったことについて、「当時は弁護人も5点の着衣に注目していなかった」「裁判所の訴訟指揮も積極的ではなかった」ことなどを指摘した上で、「当時の情況の下では検察官の対応に問題があったとは認められない」と結論づけている点も見逃せません。検察官の対応に問題があったことは明らかなのに、「裁判所や弁護人にも問題があり、検察だけが悪いわけではない」と、あたかも責任を裁判所や弁護人に擦り付けているようにさえ読めます。

 そして何より、確定した再審無罪判決が捜査機関のねつ造と認定したことについては、控訴断念の際の畝本直美検事総長の談話と同様、「ねつ造は現実的にあり得ず、再審無罪判決の事実認定は誤りである」ことを前提に、ねつ造についての調査を行うことなく、「この点に関する検察官の訴訟活動に問題点があったとは認められない」と済ませてしまいました。

 いったい何のための検証なのか、最高検はその根本的な意義すら見失っているように思えます。

7 「今後の対応策」についての問題点

 検証結果を踏まえ、最高検が打ち出した対応策は、再審事件への組織的対応の強化、研修等を通じた個々の検察官のスキルアップによって、審理の迅速化、証拠開示(その前提としての保管・保存)、抗告の検討に適切に対応していきたい、というもので、再審制度の問題点や法改正の必要性には一切言及しませんでした。

 再審制度の機能不全は、制度的、構造的な問題であるにもかかわらず、その対応策として検察内部の組織の見直しや個々の検察官の真摯な努力などを決意表明として掲げているようでは、再審制度の改善など、まったく望めないでしょう。村木厚子さんの郵便不正事件の後に出された「検察の理念」が、プレサンス元社長冤罪事件における大阪地検特捜部の取調べを防ぐことができなかったのと同じです。

 再審法改正の必要性に言及しなかったことについて、報告書の発表会見で最高検の次長検事は「法制度の在り方について、検察が意見を言うことは適切ではないのでコメントは控える」と回答しました。しかし、検察官は準司法的な立場とはいえ行政官庁です。再審の審理に法の執行者として関わる以上、実務に携わる中で認識した法制度上の問題点についてコメントすることが適切でない、ということなどないはずです。立法府である国会に、立法事実について有益な情報を提供することも、「公益の代表者」である検察官の重要な職務ではないでしょうか。

8 まとめ

 裁判所がねつ造と断じた証拠によって、無実の者を拘置所に閉じ込め、日々死刑執行の恐怖に晒し、その救済に58年もの歳月を要した究極の人権侵害に正面から向き合おうとする姿勢は見られず、法制度を見直す必要性にも言及のない、最高検の報告書に対するマスコミ各社の論評は非常に厳しいものでした。

 京都新聞の社説は「責任の所在も明確ではなく、何を検証したというのか」「居直りと責任転嫁ではないか」と口を極めて批判し[1]、産経新聞のコラム「一筆多論」でも、「5点の衣類の『捏造(ねつぞう)』指摘に対し、『現実的にあり得ない』と否定した。だが具体的な根拠は示さない。当時の担当検事ら関係者から誰一人聴取していない。これが捜査機関の検証か、と驚く。これは、だめだ。袴田さん事件の検証を検察に任せては、だめだ。58年かかった事件の検証を3カ月で済ますこと自体、おかしい」と切って捨てました[2]

 この報告書が公表される6日前の12月20日、法務省が再審制度について法制審議会に諮問するとの方針が伝えられたことに思いを致すとき、改めて、最高検が判決確定からわずか2カ月余りのこの時期にこのような検証結果を公表した意図は何だったのか、と問わざるを得ません。問題点を矮小化した報告書を法制審の資料にするつもりなのではないかと危惧されるところです。

 結局、今回の報告書から得られた教訓は、

①袴田さんの事件については、公正中立な第三者機関を立ち上げ、後の刑事司法改革全般に繋げるための徹底した検証を行うこと
②再審手続の適正化は、検察の自浄作用によってはまったく期待できず、法改正によって実現するしかないこと

の2つだったということです。


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第19回 最高検の「検証結果報告書」を検証する(上)
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注/用語解説 [ + ]

(2025年02月06日公開)


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