裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第2回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第2回

よそよそしい4日間

味香興郎さん

公判期日:2016年6月6日~6月16日/東京地方裁判所
起訴罪名:強盗致傷ほか
インタビューアー:田口真義


12
味香興郎(あじか・おきお)さん(2024年11月18日、刑事弁護オアシス編集部撮影)

人生三部作!

 都内でも屈指の人気沿線であるJR中央線の阿佐ヶ谷駅。東京で2番目に古いと言われている北口アーケード商店街。歴史の深そうな文具店や書店の間を抜けて程よく歩くと閑静な住宅街になる。さすが杉並と感心していると目の前に「まちサロン おきやんち」が現れる。誰もが安心して集える多世代交流と地域活動の場として2022年に開設された。その「おきやんち」の設立者であり代表理事でもあるのがインタビュー当時92歳の味香興郎(あじか・おきお)さんだ。

 昭和7(1932)年に三重県で生まれて太平洋戦争を経験し、戦後の経済成長を担ってきた企業戦士は、自身第三の人生と謳う90歳にしてクラウドファンディングに挑戦し、まちサロンの運営を始めた。

 泳ぎ続けることで息をするマグロに自身を例えた第一の人生、その途中で獲得した中小企業診断士の資格を活かし企業コンサルタントとして地域のために奔走した65歳からの第二の人生、事業に失敗して破産寸前の企業をいくつも救ってきた「中小企業の赤ひげ」と自称する味香さんが恐縮そうにそう言う。

 単純に、昭和1ケタという戦前生まれの方が、90歳からの人生を第三部として今こうして謳歌していることが実に興味深い。そんな側面を踏まえながらも「中身が薄い」と言う裁判員経験を聴いてみたい。

気骨の人

 裁判員制度が施行された時、味香さんはその前年に発生したいわゆるリーマンショック(2008年)によって苦境に陥った企業を救うため再生支援協議会に関与してその才を発揮していた。

 そう前向きに捉えていたそうだ。「司法制度には以前から関心をもっていた」と言う。では、司法との関わりは? との問いに、これまでの仕事(資格)柄、民事系はあるだろうと予想していたが、その答えは想像とは別方向に大きく超えてきた。

 ご本人の名誉のために言っておくが、「夜討ち朝駆け」して取り立てていたのは1982年より前の話で、現在は1983年に制定された貸金業法やサービサー法により、債権回収行為が可能な時間帯は朝8時から夜9時までとなっている。

 やはり私と一緒で業務上、民事裁判への関わりはあったか、などと思っていたら、「それからね」と続いた?!

 ご自宅購入時に、不実の告知をした不動産屋とのトラブルが発展して相手側から告訴されたとのことだ。当時は、まだ消費者契約法がなかった時代。情報弱者といわれる一般消費者とプロである不動産業者との不均衡は理不尽なものだった。いち不動産屋として肝に銘じるべき出来事だ。

 結局、その時は不起訴という形で事なきを得たそうだ。それにしても検察官の取調べを受けたことがあるなんて、それも机を叩くような威圧的な取調べを……さすがにめったに聞かない体験だ、と驚いていると、「あとね」……まだあった!?

 ドラマでもなかなか見ない展開に唖然とした。警察による被疑者=犯人という前提での取調べは、警察有史以来から現在に至るまで根強く染みついた悪弊だろう。味香さんの2度にわたる不条理な取調べ体験は、こうやって冤罪が生まれるというお手本とも呼べる光景だ。

 普通なら笑いごとにはならない。だが、味香さんは何でもないと言って笑い飛ばす。人生経験の豊かさが育んだ気骨をもって臨んだ裁判員裁判はどうだったのだろう。あらためて時系列で進める。

自宅の隣に開設した「まちサロン『おきやんち』」(2024年11月18日、筆者撮影)

断るなんてとんでもない──選任手続

 裁判員になる前の段階である候補者登録通知や選任手続期日のお知らせ(呼出状)を受け取った際、素直に喜んだそうだ。年齢(70歳以上)を理由に断ることができることも通知の中身を読んで理解されたそうだ。

 そう苦笑いするが、当時のご年齢は84歳だ。高齢者施設で暮らす今の私の父よりも上だ。父が裁判所に通って人の人生を判断するなんて無理だ。ご家族にはなんと伝えたのだろうか。

 まさに「24時間戦えますか!」を地で行く昭和の企業戦士。賛否はあろうが戦後からの復興のため、世界を相手に24時間戦ってきた先人たちがいたから、日本が経済大国に名を連ねることができたことは間違いない。

 そして、遠い記憶といえる民事訴訟の際に訪れた裁判所を再び訪れた。

 裁判員になりたい理由に純も不純もない。好奇心でも正義感でも、ただ義務だからという理由でもいい。やりたくてもなれない人や、やりたくなくても選ばれてしまう人もいる。どうやら味香さんはやりたくてなったという稀有な人のようだ。強いて言えば、正裁判員ではなく、補充裁判員として選ばれたという誤差の範囲だ。

 正直に言う。裁判員に選ばれるよりもオーストラリア旅行に当たるほうが遥かにいい! どちらかを選ぶとしたら、絶対にオーストラリアだ。それでも、味香さんにとってはやりたくてなった裁判員、単純に嬉しかったそうだ。かくして男性3名、女性3名、補充2名に裁判官3名を加えた合議体が出来上がった。裁判員の年齢層も働き盛りからリタイアされている方までバランスのとれたグループだ。

 ちなみに、年齢が理由で補充裁判員になることはない。ただ選定された順番なだけだ。

12

(2025年02月14日公開)


こちらの記事もおすすめ