裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第1回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第1回

プロローグ

田口真義 裁判員経験者・LJCC事務局


1 あたまの中からはらの中へ

 今より10年余り前、前作にあたる『裁判員のあたまの中──14人のはじめて物語』(現代人文社、2013年刊、以下「前作」または「あたまの中」)を上梓した。2009年に裁判員制度が始まって今年で15年。この間、裁判員関連の書籍はいくつも出版されている。しかし、裁判員経験者が裁判員経験者にインタビューしてまとめるというスタイルは唯一「裁判員のあたまの中」だけであり、いまだに空前絶後といえる1冊だ。未読の方は在庫があるうちにぜひご一読をお願いしたい。

 前作が出版された2013年は、裁判員制度が始まってわずか4年の頃であり、最高裁判所公表のデータによると補充も含む裁判員経験者数は約46,000人(2013年末集計)だった。それから10年余り、今では補充含めて約128,000人(2024年9月まで)にまで増えている。当然ながら、この間に裁判員制度の法律も運用も改正され、私が裁判員をやった2010年当時とはだいぶ変わった。

 ほんの一例だが、私が保管している2010年版の裁判員候補者向けの通知書類と、2016年に裁判員を経験された方の2016年版の同通知書類を紹介しておく。

2010年版の通知書類

 本当に細かいことだが、参加する側からしたら重要な情報となる服装や食事、日程のことなどが丁寧に記載されている。

2016年版の通知書類

 さらには、勤務先など対外的な説明用に「登庁証明書」まで付いている。これらは前作の中でも複数の裁判員経験者から必要性を指摘されていたし、多くの裁判員になるかもしれない人たちが望んでいた情報だ。必ずしも前作に収録された人たちの声だけで変わったわけではないが、こうして本や記録として形に残すことで、まさに市民の声がこの裁判員制度を形作っているのだ、ということを実感した。いや、正直驚いた。

 そして今回、「裁判員のあたまの中」から「裁判員のはらの中」として再度筆を執る機会を与えられた。前作のスタイルを踏襲しつつ、新たに繋がった裁判員経験者の皆さんの言葉を記録することに挑戦しようと思う。個人的には、上記にあるような制度初期との違いが見つかることを楽しみにしたい。

2 守秘義務について

 15年経過した裁判員制度だが、いまだに裁判員=守秘義務などという旧態依然の方程式を声高に口にする人がいて、多くの裁判員経験者もそのマジックにまんまとハマっている。少し冷静に考えれば、守秘義務として守らなければいけないことなんて、人として当然のことであり、社会生活を営むほとんどの人が日常的に備えている倫理観で事足りる。現に、「あたまの中」に登場した経験者たちは伸び伸びと発言しているし、10年以上経った今も何ら問題は起きていない。

 今回、「はらの中」といっても守秘義務に抵触するような事柄ではなく、本心や本音を引き出せたらよいという趣旨であり、その点では前作と方針は変わらない。むろん、守秘義務違反になるようなことはしないし、話者の立場を脅かすような真似もしない。何より、私自身が裁判員経験者であり、ある意味での当事者だ。

3 LJCCのこと

 少し話は逸れるが、前作出版より前の2012年に裁判員経験者同士の交流団体「Lay Judge Community Club~裁判員経験者によるコミュニティ~」(LJCC)を立ち上げた。全国に裁判員経験者の交流を目的に活動する団体はいくつか存在するが、裁判員経験者だけで構成された集まりはいまだにLJCCだけだ。

 「あたまの中」に登場した経験者たちはもちろんLJCCのメンバーだが、当時はそのことを前面には出さなかった。「共有・還元・公益」というLJCCの理念に基づいた活動と呼ぶには時期尚早の感が否めなかったからだ。しかし、今回はLJCCとしての公式活動とは言わないまでも、LJCCを基礎にしながらインタビューを進め、話者とのやりとりの中に経験者同士の交流などLJCCとの関係性も交えながら、その有用性も検証していきたいと思う。LJCCについては、公式FacebookX(旧Twitter)をチェックしていただきたい。

4 裁判員物語とは

 最後に、サブタイトルとして「もうひとつの裁判員物語」とつけた理由を説明したい。前作よりこの間、私の中には、2つの「裁判員物語」が存在していた。

 1つ目は、前作である「裁判員のあたまの中──14人のはじめて物語」。一目見て「物語」というワードが目に留まる。だがもう一つ、この本の帯には「14人14色の裁判員物語」というキャッチコピーが大きく載っており、まさに「裁判員物語」である。

 2つ目は、前作出版後の2015年から約2年間、朝日新聞デジタルで連載していた「裁判員物語──次のあなたへ」である。LJCCのサポーターでもあり、尊敬する記者の1人でもある朝日新聞編集委員の大久保真紀さんが取材執筆された裁判員経験者へのインタビュー記事で、第1章から第9章まで9名の方の物語が綴られている。しかし、残念ながら現在は朝日新聞デジタルのアーカイブから削除されている(検索するとトピックスとして存在するので連載終了というわけではない)。

 「裁判員のはらの中」は、この2つの物語を引き継ぎつつもパラレルワールドとして展開する「裁判員物語」となることを期待して「もうひとつの裁判員物語」と称した。ぜひ物語の扉を開けて、裁判員のはらの中を覗いてみてほしい。

(2024年12月24日公開)


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