リレー連載 袴田事件無罪判決を読む<br>第2回

リレー連載 袴田事件無罪判決を読む
第2回

再審無罪判決に隠れた奇妙な判示

浜田寿美男 奈良女子大学名誉教授

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1 はじめに

 死刑確定囚であった袴田巖さんに対して、2024年9月26日に再審無罪判決(LEX/DB25621141)が下され、その後、検察が控訴を断念して、袴田さんの無罪が確定した。死刑確定囚が再審無罪で娑婆に生還した戦後5件目、最後の島田事件の赤堀政夫さん以来35年ぶり、そして袴田さん逮捕から58年後の快挙である。しかも、判決は「捜査機関によるねつ造」を三点にわたって認めたうえに、言い渡し後、國井恒志裁判長は補佐人として法廷に立った実姉袴田ひで子さんに対して「ここまで長い時間がかかったことは裁判所として申し訳ないと思っております」と謝罪したという。この外形だけを見れば、國井判決は「素晴らしい判決」だったの一語に尽きると言いたくなる。

 しかし、……当の判決文を詳細に読めば、「えっ」を思わざるを得ない点がいくつもある。ここでとりわけ取り出して論じたいのは、取調べ段階の袴田さんの自白について國井判決が下した判示内容である。

2 國井判決が認定した「三つのねつ造」

 袴田さんの再審公判で中心となった論点は、第一審公判中に発見された「五点の衣類」が偽造証拠でなかったかどうかにあり、國井判決では、その「五点の衣類」そのものが「捜査機関によって血痕をつけるなどの加工がされ、1号タンク内に隠匿されたもの」であり(國井判決の「第二のねつ造」)、「鉄紺色ズボンの共布とされる端切れ」が袴田さんの実家から見つかったのも「捜査機関によってねつ造されたもの」だと認めた(國井判決の「第三のねつ造」)。「五点の衣類」がねつ造の産物であり、袴田さんの実家から押収された「共布」(ともぬの)もまたねつ造の産物だとなれば、それだけで袴田さんの確定判決は覆ってしまう。

 しかし、國井判決はそれだけでなく、この二つのねつ造を指摘する手前で、袴田さんの取調べ段階の自白を取り上げ、これもまた「ねつ造」の産物だとした(國井判決の「第一のねつ造」)。しかし、じつを言えば、袴田さんの取調べ段階の自白は、「パジャマ」が犯行着衣だったとするもので、確定判決の認定とは決定的に矛盾する内容を含んでいて、検察側からすれば、むしろ「ない方がまし」というものであって、実際、検察は再審公判に臨んで、袴田さんに死刑を求刑したうえで、この取調べ段階の自白を「証拠」として提出することを控えていた。ところが、國井判決はその判決の冒頭で、この袴田さんの自白をあえて取り上げ、これを捜査機関による「ねつ造」だったとして、切って捨てた。つまり、國井判決によれば、袴田さんの自白は「黙秘権を実質的に侵害し、……肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取調べによって獲得され、犯行着衣等に関する虚偽の内容を含むもので」、「実質的にねつ造されたもの」だとして、職権でこれを排除したのである。

(2024年12月11日公開)


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