困ったときの鑑定──裁判からトラブル解決まで<br>第9回

困ったときの鑑定──裁判からトラブル解決まで
第9回

筆跡鑑定の証拠能力はどのぐらいあるのか?

齋藤健吾 株式会社齋藤鑑識証明研究所代表


 みなさま、こんにちは! 齋藤鑑識証明研究所の齋藤健吾です。

 これまで、このコラムでは指紋鑑定を身近に感じて欲しく、いろいろな知識を紹介してきましたが、今回から筆跡鑑定について紹介していきます。

 筆跡鑑定1回目のテーマは、「筆跡鑑定の証拠能力はどのぐらいあるのか?」です。これを知っておけば今後、筆跡鑑定が必要となったとき、どのように扱っていいのかがイメージできるかと思います。

1 筆跡鑑定業界の現状

 「筆跡鑑定の証拠能力はどのぐらいあるのか?」を説明するためには、まず筆跡鑑定業界の現状がどうなっているかを知ることが重要になります。

 現在、日本に筆跡鑑定人は数人おり、裁判所・個人・法人・探偵社・弁護士の方々から依頼を受けて、筆跡鑑定書を作成しております。では、筆跡鑑定人はどのようにして鑑定技術を習得しているのでしょうか?

 筆跡鑑定技術の取得と聞いて最初に思い浮かぶのが、資格制度です。しかし、日本において筆跡鑑定の資格制度が存在していないので、筆跡鑑定技術を学ぶ場所もお墨付きを得ることもできません。

 そのため、筆跡鑑定人は独自のやり方で筆跡鑑定を習得しているのが実情です。

 筆跡鑑定を習得するルーツは主に以下の3つです。

① 警察出身者が現職のときに技術を習得して、退職後に筆跡鑑定人となる。
② 書道家が筆跡技術を研究して筆跡鑑定人となる。
③ 筆跡心理学の観点から筆記者識別を研究して筆跡鑑定人となる。

 このように、筆跡鑑定人になるためのプロセスは複数あり、鑑定を行うための技術が統一されていません。したがって、同じ資料を使って筆跡鑑定をしても鑑定人が異なるとその答えも異なるという事態が起こってしまいます。これにより、裁判において、筆跡鑑定人が異なる結果の鑑定書を提出し、お互いに反論書を出し合うという事態になります。

 これを目の当たりにした弁護士・裁判官からは、筆跡鑑定によって得られた結果は不確かなものであり、100%の証明はできないと解釈されてしまっています。

2 理想の体制

 鑑定結果が人によって違っている状況をなくすためには、たとえば筆跡鑑定協会という知識と権威をもった団体が1つの筆跡鑑定基準を作り上げ、鑑定方法を学び、誰がやっても同じ答えが導き出せるようにすることだと思います。

 さらに、技術を習得したら、筆跡鑑定業を行える免許を与えるなどして、資格制にすると、筆跡鑑定の技術力は担保されます。

 このような体制であれば、裁判でお互いに反論書を出し合うというケースはなくなり、技術的・社会的に信頼性が増します。また、業界全体として、筆跡鑑定人の技術も向上します。

 現に、サイン文化のアメリカでは日本よりも筆跡鑑定をする機会があるため、筆跡鑑定協会があり、資格制度も存在しているそうです。

 この方法を日本で実現させようとして、筆跡鑑定人の間で協会を立ち上げる動きが実際にありました。その際、筆跡鑑定人を数人集めて、筆跡鑑定協会という名前で組織しましたが、寄り集まった鑑定人のルーツが異なるため、統一見解が定まらず、鑑定基準を作り上げることができませんでした。

 また、筆跡鑑定の資格制度を設けようとしても、日本における筆跡鑑定の需要が多くないため、一から筆跡鑑定を学び、職業にしたいと考える人が少ないという実情もあり、アメリカのようには体制が整っておりません。

3 裁判所の判断

 現在、筆跡鑑定は裁判所でどのように判断されているのでしょうか?

 前述のとおり、100%の証明はできないため、指紋やDNAのように絶対的な証明力のあるものとして取り扱われておりません。そのため、証拠として筆跡鑑定を裁判所に提出した際に判決の論拠として採用されない場合もあります。しかし、遺言書や手続資料(養子縁組届・離婚届など)の真偽が争われ、その証明方法が他にない場合は、裁判所から鑑定人に嘱託をしているケースも多くあるので、証拠能力がないとも認識されておりません。

 ここから類推するに、筆跡鑑定は強い情況証拠といった位置づけではないかと思います。

4 証明力のある鑑定書にするために

 このように、筆跡鑑定は強い情況証拠といった位置づけですが、そもそも筆跡鑑定に書いてある内容が、説得力のあるものでなければいけません。

 よい鑑定書には、よい材料がなくてはいけません。よい材料とは筆跡鑑定をするための資料のことですが、筆跡鑑定を実施したときの正確度は、資料の多さで大きく変わります。例えば、鑑定に使える文字が漢字3種類、各1個だけではそこから得られる根拠が限られてしまいます。そのため、鑑定書に記載する鑑定結果が「認められる」という強い主張ではなく、「可能性が高い」という表現になってしまいます。当然、記載される根拠・理屈も少なくなってしまうので、説得力も弱まります。

 どのような鑑定書が証明力のある鑑定書なのか。具体的にどのような資料を何文字分くらい用意したらよいのかなど詳細は、次回以降のコラムで深掘りしていきたいと思います。

【次回予告】 「証明力が高い筆跡鑑定とは」の予定です。

(2024年06月28日公開)


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