1 名張事件第10次特別抗告審決定
2024年1月29日、最高裁第三小法廷(長嶺安政裁判長)は、名張事件第10次再審について請求人の特別抗告を棄却し、これにより同再審の請求棄却が確定しました。
もっとも、この決定には、請求人提出の新証拠の明白性を認め、再審を開始すべきであるとの宇賀克也裁判官の反対意見(以下、「宇賀反対意見」といいます)が付されています。宇賀反対意見は約20頁の決定書中のほぼ半分を占めており、新旧全証拠を総合評価すれば確定判決の有罪認定に合理的な疑いが生じるとして、再審請求を棄却した原決定、原々決定は取消しを免れず、再審を開始すべきと結論づけています。ここまで詳細な反対意見がありながら、多数意見が差戻しもせずに再審請求を棄却した本決定は異様とすら思えます。
この名張事件も、袴田事件同様、再審法の不備を露わにさせた事件といえます。そこで、本コラムは日弁連意見書のうち、名張事件が改正案の「立法事実」となっている条項について解説します。
2 管轄裁判所(438条但書)
名張事件は、一審の津地方裁判所の無罪判決に対し、検察官が控訴し、控訴審の名古屋高裁で逆転有罪、しかも死刑判決が言い渡されました。一審の無罪判決が上訴によって覆され、死刑が確定した唯一の事例です。
現行刑訴法438条は、「再審の請求は、原判決をした裁判所がこれを管轄する。」と定めています。このため、確定判決を言い渡した審級の裁判所が再審請求事件を管轄することとされており、名張事件の再審請求は名古屋高裁に申し立てることになります。
しかし、現行法の控訴審の性格上、事実審理に制約のある高等裁判所が第一次的に再審請求の当否を判断したり、再審開始決定が確定した後の再審公判を担当したりすることについては、これを疑問視する指摘もあります。特に、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められている現行制度の下で、高裁が請求審となる場合には問題が顕在化します。名張事件では第7次再審の請求審(名古屋高裁刑事第1部)がした再審開始決定(2005年4月5日)に対し、検察官が即時抗告に代わる異議の申立てを行い(現行刑訴法428条2項参照)、同じ名古屋高裁の刑事第2部が再審開始を取り消してしまいました(2006年12月26日)。この場合、同じ審級の裁判所でありながら、後で判断した裁判体の結論が常に優先されるという理不尽な事態が生じるのです。
そこで、日弁連意見書では、刑訴法435条に基づく再審請求について、確定判決が高等裁判所又は最高裁判所の場合の管轄を、当該事件の第一審に相当する裁判所とする旨のただし書を加えることとしました。
3 手続の受継(439条の2)
名張事件では、上述のとおり第7次再審で一度は再審が認められたにもかかわらず、検察官の異議申立てによって再審開始決定が取り消されました。その後、2度の特別抗告審を経て、結局第7次再審請求は棄却に終わりました。そして、第9次再審請求の途上、請求人の奥西勝さんは八王子医療刑務所で還らぬ人となりました(2015年10月4日)。
現行刑訴法では、再審開始決定の確定後であれば、再審請求人が死亡し、又は心神喪失となった場合でも、再審の審判(再審公判)を行うことができるとされていますが(現行刑訴法451条2項ないし4項)、再審請求手続中(再審開始決定の確定前)に再審請求人が死亡した場合の規定がありません。そのため、現在の再審実務では、再審請求人が死亡すると手続の終了宣言がされるのが一般的であり、名張事件の第9次再審も奥西さんの死亡により終結となりました。
そもそも、有罪の言渡しを受けた者が死亡した後であっても再審の請求が可能とされているのは(死後再審)、誤判を是正することによる冤罪被害者の名誉回復も、再審制度の重要な目的と考えているためです。一方、再審請求人が死亡したことによって手続が当然に終了するという実務運用になっているのは、その場合の規定がないからに過ぎません。そうだとすれば、再審請求人が死亡した場合の再審請求手続の帰趨について規定を設け、それまでの主張立証の成果を利用して手続を続行させることが、冤罪被害者の早期の名誉回復という観点から妥当であり、また訴訟経済にも適うと考えられます。
そこで、日弁連意見書では、再審請求人が死亡した後、6か月以内に、再審請求権者(439条第1項第3号ないし第5号。次項で解説します)から申立てがあったときは、当該再審請求手続を受継できるとの規定を設けました(439条の2第1項)。なお、上記期間内に受継の申立てがない場合でも、弁護人が選任されている場合には、再審請求手続はそのまま継続することとしました(439条の1第2項ただし書)。
4 再審請求権者(439条)
有罪判決を受けた者の親族は、事件発生当初から犯罪者の身内として世間の冷たい目にさらされ、身分関係を隠して生活している者も少なくありません。そのため、有罪の言渡しを受けた者が死亡したり、心神喪失の状態になったとしても、その親族が再審請求を行うことが現実的に困難なケースも多くあります。
名張事件では、奥西さんの死去後、妹の岡美代子さんが亡き兄のために再審請求人となって第10次再審を申し立てました。最高裁での棄却を受けて、岡さんは第11次再審請求を行う意思を固めていると報じられていますが、岡さんはすでに94歳です。岡さんに万一のことがあった場合、再審請求人の不在という事態に直面することになります1)。
そこで、現行刑訴法439条第1項第4号を改正し、一定の親族に限らず、有罪判決を受けた者からあらかじめ指名を受けた者も再審請求権者となれるような規定を設けました。具体的には、長年再審請求を支援し続け、有罪判決を受けた者との信頼関係が構築できている者などを想定しています。
また、確定判決が誤りである蓋然性が極めて高いにもかかわらず、再審請求権者が存在せず、または上記のような事情で再審請求を行えずにいる場合には、法的には検察官が「公益の代表者」として再審請求を行うことが可能です(現行刑訴法439条第1項第1号)。しかし、現実問題として、冤罪被害者のために検察官が自らすすんで再審請求を行うことは期待できません2)。そこで、このような場合には公益的立場にある者として、日本弁護士連合会及び各地の弁護士会に再審請求権を付与することとしました(439条1項第5号)。
次回は、死刑再審の場合に特に大きな問題となる、「刑の執行停止」をめぐる改正案について解説します。
【関連記事:連載「再審法改正へGO!」】
・第6回 再審に証拠開示のルールを! その2
・第7回 再審に証拠開示のルールを! その3
・第8回 再審に証拠開示のルールを! その4
注/用語解説 [ + ]
(2024年02月27日公開)