清水こがね味噌事件(袴田事件)報道記事の検証(上)

寺澤暢紘(浜松 袴田巖さんを救う市民の会)


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3 清水こがね味噌事件(袴田事件)当時の差別記事の背景

⑴ 始まりは「犯罪原因研究会」の報告を基にした記事

 前述したように、袴田さんが逮捕される前の、前記東京新聞及び中日新聞(1966年7月9日付)は、「犯罪原因研究会」の報告を基にして、「このほど犯罪原因研究会(愛知県警刑事部、名古屋大学などの学者グループで結成)が追跡調査した『凶悪犯はこんな人間』という結果に基づく記事と、一方で精神病理学者の見方を加え、“犯人像”を分析してみた」との記事を掲載しています。

 ここで登場する「犯罪原因研究会」について、愛知県警及び名古屋大学あて公文書開示請求1)を行いましたが、愛知県警は「平成13年4月1日前の作成・取得と考えられ、情報公開条例の規定が適用されない」(2021年6月18日付不開示決定)、名古屋大学は「作成・取得していない」(2021年6月8日付不開示決定)という結果に終わりました。

 改めて、東京新聞及び中日新聞の記事を検証してみると、見出しは東京新聞が「犯人はこんな男 清水の親子四人殺し 大柄で小心、怠惰犯罪原研の資料から追う」、中日新聞「凶悪犯はこんな人間 精神病理学者らが分析 多い短気、小心 裏づけられる清水事件」となっています。記事の中身は、「精神異常よりむしろ社会、家庭に影響された後天的なものが犯罪原因となっている」、「被害者に面識のある限られた範囲が捜査の対象となっており、やはり社会に影響された後天的な性格が犯行に結びついたとみられる」、「職業別では無職についで工場従業員、店員が目立ち」、「四人をめった突きしていること、凶器の“くり小刀”を死体の近くに捨てていること──などは短気と小心を裏づけているようだ。」、「同資料をあてはめると動機は報復、うらみという見方に落ち着く」、「橋本専務が裏口から逃げようとしたところをうしろから刺殺された──という見方が強い。しかも橋本専務はからだが大きく、柔道も2段という腕前、それに4人とも全身無数に刺しキズを受けている。犯人が単独とすれば体力的にかなりすぐれており、貧弱な人ではムリと考えられる」との記述があります。

 また、両紙の記事の中では、「被害者に面識のある者」、「工場従業員」、「犯人が単独とすれば体力的にかなりすぐれており」との記述があり、袴田さんをでっち上げようとしていた警察の捜査状況をなぞるような記述がされています。なお、「橋本専務が裏口から逃げようとしたところをうしろから刺殺された」との記述がありますが、袴田さんの「自白調書」では、袴田さんが裏木戸から逃げようとしたところ、専務につかまり取っ組み合いになり、指も脛の傷もその際にできたことになっています。

 この記事は警察の初動捜査の状況を取材した結果の記事だと思われますが、袴田さんの「自白調書」とは異なる状況となっています。ここに、警察の描いた事件に袴田さんを犯人にはめ込んだ冤罪のストーリーのほころびが浮かび上がってきます。

⑵ 各紙で連続して掲載された差別記事

 袴田さんが7月4日に任意で取り調ベられたことについて、毎日新聞は4日付夕刊見出しで「従業員『H』浮かぶ」とあります。東京新聞では4日付静岡版で「従業員H」と報道していますが、5日付朝刊で「同社製造係某」、6日付静岡版で「製造係某さん」としています。さらに、朝日新聞は5日付朝刊で「製造業Hさん」と報道しています。また、静岡新聞は4日付夕刊見出しで「従業員某(重要参考人)調べる」、読売新聞は4日付夕刊で「製造係某」とあります。そうした中、唯一サンケイ新聞の前記の逮捕誤報があります。

 なお、7月9日付東京新聞及び中日新聞の記事にある「犯罪原因研究会」は愛知県警が関わっていることから、その存在を静岡県警が周知の事実であったことは想像に難くありません。

 そして、この報道に追随する形で静岡新聞が、袴田さん逮捕直後に静岡大学教授の、「精神病質、異常性格の持ち主ではあるまいか」との談話を掲載し、続く読売新聞は同じく静岡大学教授の「典型的な二重人格」、「点火爆発させた動機は精神病質な異常性格だったか」と、袴田さんの診断ができない状況にもかかわらず、精神障害者であるかのような見解を示しています。また、毎日新聞は専門家の談話ではなく、当時の毎日新聞静岡支局長が、「常人のモノサシでははかりしれない異常性格者である」と、差別的見解を掲載しています。

 このように毎日新聞以外の静岡新聞、読売新聞、中日新聞、東京新聞は、精神医療・医学の専門家の判断として、精神障害者差別に基づく記事を掲載しています。

【(中)につづく】

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(2024年04月06日公開)


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