清水こがね味噌事件(袴田事件)報道記事の検証(上)

寺澤暢紘(浜松 袴田巖さんを救う市民の会)


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【静岡新聞】

 7月4日付夕刊では、「従業員某(重要参考人)を調べる」また、8月18日付夕刊では「従業員袴田を任意同行 今夕までに逮捕か」、「史上まれな凶悪事件 元プロ・ボクサー 袴田という男」との見出しになっています。

 この日の記事では、「犯人はほかにいる 本紙記者 袴田と一問一答」として、任意同行前に行った記事が掲載されています。そして、8月19日付の記事は本文記事とは関連なく、「真犯人に間違いないとした場合」として、当時の静岡大学教授・新井清三郎氏(精神医学者)のコメントを掲載しています。

《静岡大学・新井教授コメント》

異常性格者か

 新井清三郎・静大教授(精神医学担当)の話 
 警察の裏付け捜査が確実で真犯人に間違いないとした場合、犯行直後からの犯人の態度、行動は不可解としかいいようがない。二十歳前なら衝動的行動ということも考えられるが、分別のついていい三十歳という年齢が気になる。普通にいわれる精神病質、異常性格の持ち主なのではあるまいか。事件経過をみると、性格、行動の異常さをわざとみせる自己顕示欲型と心の底に感情の冷たさを持つ情性欠如型のからみ合いのような気がする。異常性格は表面からみただけでは見分けはつかず、時にはジキルとハイド的な二重性格も頭をみせるのであって残虐な行動に出ても不思議ない
 異常性格の原因には①幼児期から善悪の区別、罪の意識が植え付けられないで育った②生まれつきの異常性(脳障害、性格的異常)をもっていた──の二つの見方があるが、先天性の場合には計画的に大悪事をすることはまれなので今回の場合は育つ段階で家庭環境に問題があったのではないか。
 異常性格の特徴は善悪のケジメがつかなくなることだ。殺伐とした事件が相次いでいる現代の生命軽視の風潮も是正していかねばならないが、その前提条件として子供の育成方を再検討してみる必要がある。小手先だけのしつけではなく、親子の愛情があふれた育て方をしていかないと性格のゆがんだ人間、悪事に走りやすい人間がますますふえていくでしょう。

「静岡新聞」1966年8月19日付

【読売新聞】

 7月4日付夕刊では、「清水の殺人放火 有力な容疑者」との見出しで、「パジャマの持ち主同商店製造係某(三〇)」との記述があり、7月5日付では、「放火殺人の容疑者調べ」との見出しで、「某は全従業員三十七人のうちただ一人アリバイがないうえ、血のついたパジャマまで押収され、四日午後九時現在、参考人として調べを受けているが、いくつかの疑問点がある」とあり、後半の記事では「“クロ”の論拠、“シロ”の論拠」が述べられています。

 8月18日付夕刊の見出しで、「従業員『袴田』逮捕へ」とあり、犯行の動機を「借金が残っていることなどから、物とりとの見方をしている。」とあります。また、「全日本バンタム級六位までランクされたが頭を痛めてやめている」と、袴田さんの体調について「頭を痛めてやめている」と、精神障害を疑わせる書き方になっているように思います。

 翌日の19日付静岡版では、「決め手つかんだ“科学捜査”」との見出しで、パジャマについた混合油と血液型の鑑定が決め手であったとしています。さらに「ぐれた元ボクサー 袴田 借金でバーも閉鎖」との小見出しがあり、事件後、同商店経理係員に返済したこと、めし代を借りた店に返しに来たことなどを、「わざわざ返済している」、「きちょう面だということを強調したのかもしれない」等と、袴田さんの行動を逆手に取って、印象を悪くさせる記事となっています。

 そして、9月8日付では、「ガラリ態度を変える 袴田・再びダンマリ戦術」との見出しで、「自供は進まなかった」、「黙秘権のカベにぶつかった」との記事がありました。またこの日の文中の「藤作さんの死に涙」との見出しの記事では、「気の毒なことをした」との記述の後、「被害者の話になると目がしらを押え、あふれる涙をふいていたといい」と、犯行の「自白」に真実性を持たせるような記述がありました。

 同日の紙面に、袴田さんを「典型的な二重人格」とする静岡大学・新井清三郎教授のコメントが掲載されていますが、記事本文ではコメントは引用されていません。

《静岡大学・新井清三郎教授のコメント》

“典型的な二重人格”
静大新井清三郎教授が分析

 袴田の性格
 「典型的な二重人格だ」──袴田巖(30)について、静岡大学教育学部特殊心理教室、新井清三郎教授(46)は次のように性格を分析している。
 精神的に非常に内向したものが、積み重なった場合、表面は普段より明るい態度をとっていても、内部には爆発力が大きいガスが充満したような状態になる。これに点火、爆発させる動機だが、衝動的になる少年期ならいざ知らず、袴田の場合、一応30歳まで社会的判断力を持って生活してきたと考えられる。とすると、点火爆発させた動機は精神病質な異常性格だったか、ボクサー時代になんらかの衝撃を受けて、脳の感情中枢に障害ができたのかの2点が予測できる。
 脳障害なら脳波の変化を見ればわかるが、異常性格の場合は袴田の生育関係、性格形成の過程、経済的な歩みを見てみないとなんともいえない。現在社会には袴田のように内向、うっ積させる要因が多すぎる。これを爆発以前に発散させる処理をしなければ、これからも残忍非情な犯罪は起こるだろう。

「読売新聞」1966年9月8日付

【毎日新聞】

 7月4日付夕刊では、「従業員H浮かぶ」との見出しで、「同社製造係勤務、H(三〇)を有力容疑者とみて証拠固めをしている」とあり、また、「Hの部屋のタンスから血のついた半そでシャツを押収した」との記述があります。

 7月5日付朝刊では、「従業員『H』を取調べ」との見出しで、「容疑について全面的に否定している。」、「付着した血こんが被害者の型と一致するかどうかが重要なカギになる。」として、文末で「Hは元プロボクサー」と、ボクサーであることを強調しています。また、同じ日の夕刊では「『H』の決め手つかめず」として、「血液鑑定の結果をみたうえで再度調べるかどうか決めるといっている」と、釈放記事を掲載しています。

 8月18日付夕刊では、「袴田を連行、本格取調べ」、「夕刻までに逮捕」、「不敵なうす笑い」等の見出しがあり、逮捕時の状況や近所の主婦の言葉や、袴田さんのアリバイのないこと等が記事になっています。

 翌19日の朝刊では「袴田、否認のまま逮捕」との見出しで、記事では「私なら小刀は使わぬ」、「逮捕前の袴田と会見」との署名記事で「毎日新聞清水通信部で二時間余にわたり単独会見した」一問一答が掲載されています。

 また、静岡版では「ぬぐえぬ遺族の悲しみ」、「“やっぱり袴田だった”」、「怒り現わす地区の人」等の見出しが続き、「捜査員、ねばりの勝利」とあり、警察官幹部のインタビューなど取調べ状況を載せています。

 そして、9月12日付静岡版では、「駿遠週評 “科学捜査”の勝どき」との、取材の総括的な記事として支局長の署名記事のコラムが掲載されています。その文中では、「心理学者のことばを借りれば『良心不在、情操欠乏の動物型』とでもいうのだろうが、動物にも愛情はある。その片りんを持ち合わせていないのだから“悪魔のような”とはこんな人間をいうのだろう」と、あたかも専門家であるかのような表現を作り出し、袴田さんの人権を翻弄する記事を掲載しています。

《佐々木毎日新聞静岡支局長のコラム》

極端な異常性格

 袴田は、とても常人のモノサシでははかりしれない異常性格者である。残虐な手口、状況証拠をつきつけられても、ガンとして二十日間も口を割らなかったしぶとさ。がん強さと反社会性は犯罪者に共通した性格だが、袴田の場合はとくに極端である。彼の特色といえば、情操が欠け、一片の良心も持ち合わせていないが、知能だけは正常に発達していることである。

「毎日新聞」1966年9月12日付

 以下の朝日、サンケイ各紙には精神障害者差別に基づく記事は見当たりませんが、事件当時の記事の一部を紹介します。

【朝日新聞】

 7月5日付静岡版では、「くわしい事情つかめぬ」との見出しで、「作業衣の持主Hさん(三〇)に出頭を求め、事情聴取した」とあります。

 翌6日付の静岡版では、袴田さんの事情聴取にふれ、「私の血液とパジャマについていたものと調べればすぐわかるのにとHさんを憤慨させたこともあった。」との記述があります。

 8月18日付夕刊では、「従業員の袴田取調べ」、「身持ちくずした元ボクサー」等の見出しで、「“暗やみから引出した牛のよう”といわれ、モッサリしたタイプで人とあまり口をきかない陰気な男だった」と、袴田さんに不気味な印象を与えるような記事となっています。

 翌19日付の静岡版では、「犯人、やっぱり内部の者」、「まったく関係ないなお平然、うそぶく袴田」とあり、さらに「葬儀にも参列 事件後の袴田 顔色も変えず」との見出しがあり、「どんな大胆な犯人でもどこかに動揺があらわれるのに五十日間もそのひとかけらさえ見せなかった。ケタはずれに大胆なのか、それとも異常性格なのか」との、ベテラン刑事の言葉が掲載され、警察内部に精神障害者差別意識が存在していることを感じさせる記事だと思います。

【サンケイ新聞】

 7月4日付夕刊で、袴田さん逮捕の誤報記事を書いています。「一家四人殺しの犯人逮捕」との見出しで、「事件の犯人は、同みそ工場の従業員とわかり逮捕された」、「捜査本部では袴田を重要参考人として本部によんで調べたところ、午後二時すぎ、犯行を自供した」との記事になっています。さすがに翌日の朝刊で、「自供、逮捕の事実とは相違していましたので、おわびして訂正いたします」と、訂正記事を載せています。なお、同日の静岡版では、「内部説いよいよ強まる」として、「捜索では会社寮から血こんのついたパジャマと作業服が発見され、パジャマなどの所有者、Hさん(三〇)を呼び、同夜おそくまで事情をきいた」としています。

 8月18日夕刊では、「『袴田』に逮捕状」との見出しで、「袴田を有力容疑者として断定、本格的な追及にはいった」との記事があります。

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(2024年04月06日公開)


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