10 再審請求手続における証拠開示のルール
今回はいよいよ、再審請求段階における証拠開示に関するルールについて解説します。
2004年の刑訴法改正(2005年11月施行)で、通常一審のうち公判前整理手続に付される事件については、かなり詳細な証拠開示ルールが導入されました(現行刑訴法316条の14~27)。また、2016年には証拠の一覧表の交付制度(同316条の14第2項)や類型証拠開示の範囲の拡大(同316条の15第1項9号)といった改正もされました。
これらの通常審における証拠開示規定の整備が、再審実務にも変化をもたらしました。通常審の公判前整理手続で証拠開示を経験した裁判官たちが、「公判前整理手続導入前の事件では、公判に提出されなかった証拠がかなりあるはずだ」と実感し、再審請求の審理においても証拠開示勧告を行うようになったのです。そして布川事件、東京電力女性社員殺害事件、松橋事件など、再審段階で初めて開示された証拠が、再審開始、再審無罪の決め手となるケースが続出しました。
しかし、法的根拠がないために、証拠開示に向けた訴訟指揮を行うか否かは担当裁判官次第という「再審格差」が生じ、検察官も証拠開示に消極的な姿勢に終始することから、証拠開示の実現には膨大な時間とエネルギーを要するのが現状です。
証拠開示の重要性と、ルールのないことによる弊害がこれほど明らかとなっているにもかかわらず、再審段階における証拠開示に関する条項は、今日に至るまで全く存在しません。誤った有罪判決から冤罪被害者を救済する最後の手段である再審にとって、証拠開示はまさに命綱です。その意味で、再審請求審における具体的な証拠開示手続の定めは、日弁連意見書が提案する数々の条項の中でも最優先で実現すべき課題といえます。
11 証拠の一覧表の提出命令(445条の9)
再審事件は、事件発生からかなりの年月が経過していることが多く、捜査段階でどのような証拠が収集されたかを把握することは極めて困難です。このため、再審段階での証拠開示をめぐる攻防では、弁護人がいわば当てずっぽうに「○○のような証拠が存在するのではないか」と照会し、検察官が「そのような証拠は存在しない」と回答すれば、「では、××のような証拠はどうか」と照会するといった不毛なやりとりを繰り返すことになります。
そのような中で画期的だったのが日野町事件の第1次再審です。弁護人から全面的証拠開示請求を受けた大津地裁の安原浩裁判長(当時)が、検察官に未提出記録一覧を裁判所に提出するよう求めました。すると、検察官は、警察から記録を送致された34通の送致書を開示し、さらには裁判所の求めに応じ、送致書記載の書類の標目だけでなく、その内容の要旨を記載した一覧表を作成し、開示しました1)。これにより弁護団は警察からの送致証拠の概要と、捜査の経過を把握した上で、一覧表記載の個別の証拠の開示を求めることができました。
また、大崎事件第2次即時抗告審では、弁護団の証拠開示請求に対し、福岡高裁宮崎支部の原田保孝裁判長(当時)が検察官に対し、「(弁護人が開示請求した証拠の)有無を調査し、検察庁及び鹿児島県警察に現存する書類の標目を作成し、弁護人に対し、その標目を開示されたい」という趣旨の勧告を行いました2)。しかし、検察官はこの勧告に応じず、五月雨式に個別の証拠開示を行うという対応を取りました。
証拠開示に要する時間を短縮し、冤罪被害者を迅速に救済するためには、まず証拠の一覧表を開示することが重要である一方、法的根拠がないことを理由に検察官が一覧表の作成や開示に応じないという現状から、日弁連意見書では、再審請求人・弁護人の請求を受けた裁判所が、検察官に対し、その保管する証拠の一覧表の作成・提出を命じる規定を置きました。
12 類型的証拠開示と主張関連証拠開示(445条の10)
再審段階では、捜査機関の保有するすべての未開示証拠を一括開示することが、無辜の救済という再審制度の目的に資することは言うまでもありません。しかし、通常審でも認められていない一括開示制度を再審段階でのみ導入することに対しては、法務省や捜査機関などの激しい抵抗が予想されます。
そこで、日弁連意見書では、通常審の公判前整理手続における類型的証拠開示と主張関連証拠開示に準じ、再審請求人・弁護人の請求があれば、相当でないと認める場合を除き、裁判所は決定で証拠開示を命じることを義務付ける規定を置くことにしました。
13 証拠の存否調査命令(445条の11)
大崎事件、日野町事件、天竜林業高校事件、マルヨ無線事件など、複数の事件で、検察官が一度は「不見当」、「不存在」と回答していた証拠について、後日、その存在が明らかになるという不適切な対応が明らかとなりました3)。そこで、日弁連意見書では、証拠開示に関する命令の対象となる証拠の存否を早期に確定させるべく、裁判所が検察官に対し、証拠の存否を調査し、その結果について回答することを命ずる旨の「証拠の存否調査命令」の規定を新設しました。
14 証拠開示の準備的行為(445条の12)
DNA鑑定の資料となる生体証拠については、その保管状況が再鑑定の可否に大きく影響します。東京電力女性社員殺害事件では、裁判所が検察官に対し、「DNA型鑑定の対象物となりうるものについては、特にきちんと適切に保管されているかどうかを把握する責任があると考えているので、対象物の有無と保管状況の現状について明確にしていただきたい」旨の発言がなされました。その結果、存在が判明した被害女性の膣内容物について、弁護人がDNA型鑑定を要求したところ、裁判所が「検察官が保管している膣内容物等の証拠物については、証拠開示の準備的行為として、できる物については、保管するよりも検察庁でDNA型鑑定を実施し、その分析結果を開示することを強く希望する」と検察官に勧告したことでDNA型再鑑定が実施され、再審無罪に大きく前進しました4)。
このような実例を踏まえ、日弁連意見書では、生体試料その他の証拠物について、その証拠価値を保全するために必要があるときは、裁判所は証拠開示の準備的行為として、鑑定を実施し、その結果を保管することを命ずることができるようにしました
15 おわりに
日弁連意見書に定めた上記の条文案に対しては、「無辜の救済のためには一括全面開示とすべき」という批判や、「多種多様な実際の再審事件のすべてに、このようなフルスペックの証拠開示規定を適用するのは裁判所や検察に過度の負担を強いることになる」といった反対意見が表明されています。
しかし、批判や反対意見があるから法改正をしなくてよい、という話にはなりません。再審段階での証拠開示によって冤罪が明らかになった事例がありながら、法の不備によって証拠開示の迅速な実現が阻まれている現実がある以上、制度化は必須なのです。今、何よりも必要なのは、法改正を実現するための建設的な議論ではないでしょうか。
【関連記事:連載「再審法改正へGO!」】
・第5回 再審に証拠開示のルールを! その1
・第6回 再審に証拠開示のルールを! その2
・第7回 再審に証拠開示のルールを! その3
注/用語解説 [ + ]
(2024年01月17日公開)