連載 再審法改正へGO!

連載 再審法改正へGO! 迅速・確実な冤罪救済のために
第7回

再審に証拠開示のルールを! その3

鴨志田祐美(日弁連再審法改正実現本部 本部長代行)


7 再審請求外で行われる証拠開示のルール

 前回は日弁連意見書の証拠開示手続に関する具体的な改正条項が、①「捜査記録及び証拠の適切な保管、保存に関するルール」、②「再審請求外(再審請求の準備段階)での証拠開示に関するルール」、③「再審請求中に行われる証拠開示に関するルール」とに分けて定められているという全体像を示した上で、①に関する条項について解説しました。

 そこで今回は、②「再審請求外(再審請求の準備段階)での証拠開示に関するルール」について解説します。

8 再審請求の準備段階での証拠開示の必要性

 現行刑訴法では再審開始事由として、435条の1号から7号までの7つの場合を定めています。しかし現実の再審請求事件は、ほとんどが同条6号の条文を根拠に申し立てられています。

 この条文では、再審が認められる要件として、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」と定められています。つまり、再審請求人の側に、明白性のある新証拠の提出義務を課しています。しかし、有罪判決が確定し、実刑判決で服役中の者や死刑判決を受けて拘置されている者が、自ら「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」を発見することは極めて困難です。弁護人が就いたとしても、その事件に関する証拠は捜査段階で警察・検察によってほとんどが収集尽くされており、さらに時間の経過とともに新証拠発見のハードルは高くなります。

 一方、捜査段階で捜査機関が収集した全ての証拠が確定審段階で裁判所に提出されているわけではありません。確定審では裁判所に提出されなかった証拠が、再審請求中に初めて開示され、それが再審開始、再審無罪をもたらした事件は多数あります。

 そうであれば、再審を請求する段階で、再審請求人が確定審に提出されなかった証拠にアクセスし、無罪方向の証拠があれば、これを新証拠として再審請求を行うことを可能とすべきです。

 通常審でも職権主義を採用しているドイツや台湾では、通常審段階から、証拠も含めて全ての記録が裁判所に提出されます。台湾では、それらの記録は被告人・弁護人の双方がすべて閲覧・謄写できることになっています。また、ドイツでは、記録の閲覧・謄写が認められるのは基本的には弁護人ですが、再審請求を行いたいと考えている元被告人が弁護士を選任した場合(ドイツには再審請求段階で国選弁護人を付けることができます)、弁護人は通常審では「証拠」とされなかった捜査段階での記録(「証跡記録」といいます)も閲覧することができ、そこから元被告人に有利となる証拠を見つけて再審請求を行うこともできるのです。

 ところが、日本では有罪判決の確定後に、公判未提出記録や証拠の開示に関する手続を定めたルールがありません。再審事件が裁判所に係属する前は、裁判所に証拠開示を請求するわけにはいきませんから、確定記録を保管している検察庁に直接証拠開示を求めることになりますが、現状では、公判に提出された記録の閲覧・謄写を認める刑事確定記録訴訟法以外に法的根拠がないため、公判に提出されなかった証拠が再審請求前に開示されることはほとんどありません。

 再審請求の準備段階で開示された証拠を「新証拠」として再審請求したほぼ唯一の事例が松橋事件です。この事件は1985年に熊本で起きた殺人事件で、元被告人の宮田浩喜さんに懲役13年の有罪判決が確定していました。公判途中から無実を訴えていた宮田さんのために、再審請求の準備を行っていた弁護団は、新証拠の手がかりを探るべく、熊本地検に証拠物の閲覧に赴きました。すると、証拠品が保管されていた箱に入っていた布の中に、宮田さんが「被害者を刺した小刀が滑らないように、シャツの左袖を切った布切れを巻き付け、犯行後は燃やして捨てた」と自白していた、そのシャツの左袖部分(「巻き付け布」)があったのです。巻き付け布には血痕も付いていなければ、燃やした痕跡もありませんでした。自白と決定的に矛盾するこの証拠が決め手となって、再審が開始され、2019年3月、宮田さんは再審無罪となりました1)

 この巻き付け布は確定審段階で提出されておらず、通常であれば再審請求前に開示されることはありませんが、他の証拠物に紛れて開示されたという「幸運な偶然」でした。しかし、松橋事件こそが、再審請求の準備段階で、確定審に提出されなかった証拠を開示することの必要性を雄弁に物語っています。

9 再審請求外(再審請求の準備段階)での証拠開示に関するルール

 そこで、日弁連意見書では、まず確定判決後の記録・証拠品のうち、そもそも保管に関する法律すら存在しない(法務大臣訓令である「記録事務規定及び証拠品事務規定」しかない)裁判不提出記録及び証拠品について、保管の根拠となる条文を盛り込みました。

 これにより、確定審段階で公判に提出されなかった記録と書証、還付の対象とならない証拠品については、刑事確定訴訟記録法に定める期間と同一の期間(同法第2条第2項及び別表の「二 裁判書以外の保管記録」で定める期間)、検察官に保管を義務付けました。(444条の2第1項本文)。一方、還付の対象となる証拠品については、所有者の利益との調整が必要となるため、保存期間は原則として6カ月としました(444条の2第2項但書)。

 そして、いずれの場合も、検察官は再審の手続のため保存の必要があると認めるときは、その保管期間満了後も期間を定めてこれを保存するものとし、定めた保存期間を延長することができるものとしました(444条の3第1項及び第4項)。さらに、再審を請求しようとする者、再審の請求をした者又はこれらの者の弁護人は、検察官に対し、保存期間の延長を請求できることとし(444条の3第2項及び第4項)、検察官がこれに応じないときは、裁判所に不服申立てを行うことができることとしました(444条の4)。

 このように、確定審段階で裁判所に提出されなかった記録や証拠品の保管に関するルールを整備した上で、日弁連意見書は、再審を請求しようとする者、再審の請求をした者又はこれらの者の弁護人に対し、これらの記録や証拠品の閲覧・謄写を認める条項を盛り込みました(444条の5)。

 このうち、証拠品については、客観性が高いこと、証拠品の種類によっては紛失、廃棄、汚染、劣化等の危険があること、所有者に対する還付がなされる可能性があることから、再審請求前であっても、特に制限なく閲覧を認めることにしました。

 他方、裁判所不提出記録については、過去の審理(通常審及び過去の再審請求手続)で開示された記録(証拠及び証拠の一覧表等も含む)は、その閲覧謄写を認めることに弊害はなく、必要性も高いことから、当該記録に限り、再審請求前であっても閲覧謄写を認めることとしました。

 再審請求の準備段階で捜査機関の保管する「古い新証拠」を発見することが、冤罪被害者の迅速な救済を可能とするのです。松橋事件を「幸運な偶然」ではなく、「重要な前例」とする法整備が実現されなければなりません。

(つづく)


【関連記事:連載 再審法改正へGO!】
第5回 再審に証拠開示のルールを! その1
第6回 再審に証拠開示のルールを! その2

注/用語解説   [ + ]

(2023年12月07日公開)


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