罪を認めさせようとする検事のテクニック
亀石 逮捕、勾留されている立場からすると、検事は敵になりますが、そういう意識はあまりなかったんですか。
山岸 3畳の部屋に隔離されて、1日8時間一緒にいたら、味方のように見えてきます。しかも恫喝せず、寄り沿ってくるわけですから、そのときは、世の中で私のことを一番考えてくれている人だと本当に思っていました。
亀石 検事のことをですか。
山岸 だって、その前に、在宅で2か月間、毎日毎日ずっと同じ質問をされて、同じやりとりをしています。そこで信頼関係も生まれ、私のことを全部理解している人というふうに勘違いしていました。
亀石 なるほど。だけど、一方では弁護人が毎日のように山岸さんに会いに来ます。弁護人もその中で「黙秘したほうがいい」とか、いろいろなことを言って信頼関係を築こうしてきますが、それについてはどう見ていましたか。
山岸 最初に、中村先生に弁護を依頼しましたが、逮捕される5日ぐらい前のことでした。ですから、人間関係もまだ構築できていないわけです。しかも、勾留されてアクリル板越しの接見が1時間ぐらいです。先生方は証拠も何もまだ見ていないのですから、こちらにアドバイスもできない状態です。検事は、自分たちでストーリーを全部組み立てて、証拠も全部見ていますから、何とでも誘導できます。すごく深い話もしてきました。こういう状況で、普通の人間がどちらを信頼するかというと、検事になります。
亀石 でも、検事は、何とかして山岸さんに罪を認めさせようとしますよね。
山岸 いや、そうは思っていませんでした。そういうふうに思わせないんです。
亀石 それは検事のテクニックですか。
山岸 はい。逮捕状を見せられたときも、本に書いているように「社長、私、腹立つねん」と入ってきました。「何が腹立つんですか」と言ったら、「こんなん出しよったんや」と言って逮捕状を持っているんです。だから、私のことを本当に考えてくれている人としか思っていなかったです。
亀石 その演技はすごいですね。
山岸 すごいと思います。
亀石 でも、そのときは、それが演技であって、自分に不利な供述を取ろうとしているとは全く気づきませんでしたか。
山岸 気づきませんでした。当初、10月29日に呼ばれ、翌30日、私が検察庁にいる間に会社にガサが入っています。そのときも、その検事は「えー、そんなひどいことしとんのか」みたいなことを言うんです。
亀石 一緒に怒ってくれるように。
山岸 検事は言ってきました。「社長の会社にガサ入れしよったがな。ほんまアホな、あいつらは」みたいな。今から思えば、ガサ入れのことを知っているに決まっていると。
亀石 しらじらしいにも程がありますね。
山岸 当時、私は無知でしたから、本当にそれを信用していました。
亀石 なるほど。中村先生、そのときは、自分はあまり信用されていないと感じていましたか。
中村 「それ、検事の演技やから、絶対ウソやから」と言いました。でも「いやいや、彼女はわしの言うことを信じてくれとる。わかってくれとる。絶対不起訴になる」と山岸さんは真顔で言うんです。「特捜部が逮捕して、不起訴になんかならへんで、社長」と言っても、信用してくれませんでした。
亀石 弁護人としては、そう言いますよね。でも、そのときは信用できませんでしたか。
山岸 できませんでしたね。
亀石 山岸さんを取り調べたときに録画された映像を、弁護団も山岸さんも後から見ました。それを見ると、言わせられようとしている、つまり自白させられる本当にギリギリの状況でした。そういう取調べだったのですね。
山岸 はい。気づきませんでした。
亀石 弁護人の立会いを求めることはなかったんですか。
山岸 細かいことはもう覚えていませんが、1回、山口検事から意味不明な質問をされたので、「弁護士の先生をここへ呼んでくださいよ」と言ったことはあったと思います。
亀石 その時は何と言われましたか。
山岸 「そんなん、できるわけないやん。入ってこれへん、入ってこれへん」と言われて笑い飛ばされました。
亀石 弁護士が横にいないと、聞かれていることの意味もわからないという場面は結構ありましたか。
山岸 ありました。
「黙秘することは卑怯だ」という刷り込み
亀石 山岸さんは、黙秘することを卑怯だと考えていましたか。
山岸 はい。まず大前提として、私は悪いことをしたという認識がありません。悪いことをしたという認識がないのに、何で黙秘しなければならないのか。正々堂々と言えばわかってくれるだろうという気持ちが、私の中にはありました。
その前に、部下が先に逮捕、勾留されました。プレサンスの顧問弁護士が接見に行っていましたが、顧問弁護士は当然、黙秘を勧めています。そのとき、担当の山口検事は「プレサンスの◯◯弁護士は、『こんなん黙秘せえ』とか、卑怯なことを言うねんで。あかんと思わへん?」「自分が潔白やと思ってるんやったら、正々堂々としゃべるべきやろうと思わへん? 社長」と言うから、「そらそうですよね」と言いました。もうすでに刷り込まれています。
亀石 山岸さんは自分の身に降りかかってくるまで、人質司法の問題や黙秘することの意味を考える機会はありましたか。
山岸 全くありませんでした。自分が刑事事件に巻き込まれるなんて、1ミリたりとも考えていませんでした。だから、本当に無知でした。
この事件が報道で出たときも、いろいろな人たちから言われましたけど、「うち、そんなん関係ないもん。学校の問題やろう。関係ない関係ない」と心の底から思ってました。
部下が逮捕された段階で、会社の監査役、社外取締役が「社長、ないとは思うけど、これはちょっと、念には念を入れて、万全を期したほうがいいんと違う?」ということで、初めて中村先生の事務所に行きました。
亀石 それが逮捕の5日前のことだったんですね。それぐらいひとごとだったわけですね。
山岸 ひとごとでした。
亀石 でも、今の時点では、きっと世の中の多くの人が自分とは関係ない、ひとごとだと思っていますよね。
山岸 多分、そうだと思います。それが今日の課題だと思いますが、日本の司法が変わらないそもそもの原因だと思います。
話せば話すほど不利になる
亀石 中村先生は山岸さんに黙秘を勧めたわけですよね。
中村 上場企業の社長を特捜部が逮捕したわけですから、当然起訴することが確定していると判断しました。そうすると、証拠をきちんと見た上で正しい話をしないといけないので、当然、それまでは黙秘することが正解ですし、接見で山岸さんにそのことを説明しました。本でも「怒鳴り合いになる」と書かれていますが、それぐらい私も大事だと思ったので、かなり強く言いましたが、その時点ではなかなか伝わりませんでした。
亀石 多くの人が、山岸さんと同じように、潔白であれば、話せばわかってもらえる。むしろ、話さなかったら自分が不利になると思っていますが、なぜ黙秘することが必要かということを話していただけないでしょうか。
中村 例えば、取調べを受けている中で、すべての証拠を見せてくれるわけではありません。そうすると、大筋は間違わないだろうけど、ちょっとしたこと──日にちとか前後関係など、人間の記憶は間違うことがあります。
検事は証拠を全部見ているので、あえて事実と違うことを被疑者が言ったときには、それを調書に残したり、記録に残します。そうすると、彼はウソをついているという証拠がどんどん作られていき、裁判になると、それが裁判官にウソを言うということで、信用されなくなり、不利になりかねないのです。特に捜査官は、罠にはめるといいますか、そういう技術に長けているので、話せば話すほど不利になるのです。
亀石 このことを中村先生に何回言われても、あの状況下では「そうだな」と思えなかったということですね。
山岸 はい。
亀石 一方、山岸さんを巻き込むために、検事に供述させられた人たちは、どういう取調べを受けたのですか。
山岸 それはもう本当にひどい……、脅迫です。私の無罪が確定したので、最近はプレサンスの幹部連中と食事をすることがあります。そこで話を聞いたら、強烈でした。
彼らは逮捕されていないので在宅ですけど、検事は最初に家族構成を聞いてきます。「お子さん、何人いるの?」と。検事の思惑どおりのことを言わなかったら、だんだん脅迫になってきて、最後には「被疑者・被告人にできるんやぞ。そうなったら子どもさんたち、どう思うんかな。家族の人たち、どう思うんかな」と。ここまでやるらしいです。
亀石 検察が、ですか。
山岸 はい、もうヤクザと一緒です。
亀石 中村先生は元検察官ですよね。こういう取調べは本当にあるのでしょうか……。
中村 誤解をされては困るのですが、私は特捜部での勤務がないので、特捜部のことは知りません。その上で普通の警察や検察庁で、そんな指導がされているわけではありません。もちろん、取調べはインタビューではないので、証拠に基づいて矛盾を追及したり、厳しく問い詰めたりする(怒鳴るという意味ではなく)ことはあります。
家族を絡めて脅すとかは、場合によって供述に任意性がなくなったり、真実じゃない供述が出てくる可能性もあるので、そういうのは良くないと、当然、先輩や上司から指導されています。
亀石 そういうことをやれと指導されているわけではないけれど、実際にやっている人がいるということですか。
中村 本件でなぜこうなっているのか。最初の検察の構図で山岸さんをターゲットにした。そこを認めさせると検察の上層部が決め、「そういう供述を取りなさい」と、部下の検事に指示が出されている。検事は、そういう供述を取らないと自分は評価されないから、強いプレッシャーを感じて一線を超えているのではないかと推測しています。
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(2023年12月25日公開)