4 日弁連「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」における証拠開示規定の骨格
今回からいよいよ、2023年2月に日弁連が公表した「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」(以下、「日弁連意見書」)の証拠開示に関する具体的な改正条項案を紹介し、なぜそのような条文が必要なのかを、具体的な事例を挙げて説明していきます。
まず、証拠開示の前提として、すべての記録及び証拠品が適切に保管され、その全容を把握できることが必要です。そこで日弁連意見書では、「捜査記録及び証拠の適切な保管、保存に関するルール」を盛り込みました。
そして、証拠開示手続については、「再審請求外(再審請求の準備段階)での証拠開示に関するルール」と、「再審請求中に行われる証拠開示に関するルール」とに分けて定めました。
以下、それぞれのルールについて、順に解説します。
5 捜査記録及び証拠の適切な保管、保存に関するルール
日弁連意見書では、捜査記録及び証拠の適切な保管、保存に関するルールとして、以下の条項を新設しました。
① 捜査に関する記録及びその目録の作成(196条の2)
② 証拠目録の作成(196条の3)
③ 証拠の適正な保管(196条の4)
④ 司法警察員の事件送致(246条2項)
これらの条項では、捜査機関に対し、捜査に関する記録の作成、捜査記録及び証拠の目録の作成を義務付けるとともに、捜査の過程で入手した書類、証拠を適正に保管することを法的義務として明文化しました。さらに、警察が検察に事件を送致する際は、現行刑訴法246条で義務付けられている「書類及び証拠物」だけでなく、「捜査に関する記録の目録及び証拠目録」もあわせて送致することを義務付ける規定を、第2項として追加しました。
6 「第四編 再審」以外にも改正条項案が入った理由
これらの改正条項案は、刑事訴訟法「第四編 再審」ではなく、「第二編 第一審」の中の「第一章 捜査」の条文の新設です。「これはもはや再審法改正とは言えないのではないか」という声が聞かれそうです。しかし、再審とは、確定判決に誤りがなかったかを見直す手続ですから、その判断に際しては、確定審段階で提出されなかった証拠も踏まえて検討することが求められるはずです。ところが、そもそも必要な証拠が収集されていなかったり、記録が適切に作成されていなかったり、存在したはずの証拠が廃棄、紛失、棄損されていたり、さらには本来警察が検察官にすべて送致することが義務付けられているはずの記録と証拠が送致されていなかったりする事態が、再審段階で初めて明らかになった事例が数多くあるのです。
例えば、大崎事件では、被害者が遺体で発見される3日前に自転車ごと側溝に転落しており、事故により重篤な傷害を負っていた可能性があるのに、捜査機関はこの側溝の実況見分すら行っていませんでした。
飯塚事件では、足利事件と同じ、正確性の低いDNA鑑定(MCT118型鑑定)が決め手となって、無実を訴えていた久間三千年さんが死刑判決を受け、死刑が執行されてしまいましたが、久間さんの死後に申し立てられた再審請求では、足利事件のようにDNA再鑑定はできませんでした。DNA鑑定に必要な資料が全量消費され、鑑定の際に作成されたはずの実験ノートや写真も廃棄されていたからです1)。
証拠の保管がずさんであるために、再審段階で証拠開示に時間を要したケースも後を絶ちません。日野町事件では、第1次再審の段階で、裁判所の勧告により検察官が公判未提出証拠の一覧表を作成、提出していましたが、これは警察から検察に送致された証拠のリストでした。第2次再審になり、このリストにはなかった写真のネガフィルムなど、警察が検察官に送致していなかった証拠が多数開示されました。その過程で、弁護団から一部未開示との指摘を受けた証拠について、さらに裁判所が検察官に対し、存否を確認し、存在する場合にはそれを開示するよう勧告しました。
これに対し、検察官は当初、「既に開示済みのもの以外は存在しない」と回答していました。ところが、その後警察から証拠品22点と書類3点が「発見された」として、これらの証拠が遅れて開示されたのです。この事態に、裁判所は、「裁判所が(中略)存否確認及び存在する場合の開示を求めた証拠物の一部につき、検察官が不存在と回答した証拠物が後に発見された経過について、本来あってはならない事態であって遺憾である」と述べて検察官の対応を批判しました2)。
同様の事態は大崎事件でも起こりました。第2次再審段階で存在が判明し、第3次再審で現物が開示されたネガフィルム46本について、各ネガフィルムが入っていたフィルムケースに番号が振ってあったのですが、「21番」だけ番号が飛んでいることに弁護人の一人が気づきました。そこで弁護団が「21番のフィルムケースのネガがあるはずだから開示せよ」と迫ったところ、検察官は「フィルムケースは使い回すもので、番号が飛んでいても不自然はない」と回答していました。これに対し裁判所は、「もう一度探し、ないのであればその理由を書面で報告せよ」と勧告しました。数日後、検察官は21番のフィルムケースに入ったネガフィルムが存在すると回答し、さらに「あと17本ありました」として、合計18本のネガフィルムを新たに開示したのです。しかも、これらのネガが発見された場所は「志布志警察署写真室吊り棚」でした。本来真っ先に探さなければならないはずの場所です3)。
上記の改正条項案は、確かに再審請求手続そのもののルールではなく、本来的には「証拠(記録)通則法」といった抜本的な法律を制定すべきものであり、現行法の枠組みとしても刑事確定訴訟記録法の改正や刑訴法第一編(総則)の改正を要する部分といえます。しかし、ここまでお読みいただければ、日弁連意見書が、再審法の改正としてこれらの条項案を入れたのは、再審請求手続において証拠を開示する方法をルール化するだけでは証拠開示が実現しないという、切実な実態があるからだということをお分かりいただけると思います。
(つづく)
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注/用語解説 [ + ]
(2023年11月07日公開)