連載 再審法改正へGO!

連載 再審法改正へGO! 迅速・確実な冤罪救済のために
第5回

再審に証拠開示のルールを! その1

鴨志田祐美(日弁連再審法改正実現本部 本部長代行)


1 袴田事件の解決を遅らせた証拠開示規定の不備

 袴田事件の第1回再審公判期日が来たる10月27日と指定されました。2024年3月27日に結審予定と報じられており、来年中に再審無罪となることはほぼ確実と言えそうです。

 1966年に発生し、1980年に確定した事件が、事件から58年を経てようやく再審無罪のゴールにたどり着ける見込みとなったのです。無実なのに死刑囚とされた袴田巖さんの救済にこれほどまでに時間を要した大きな原因となっているのが、「再審請求段階における証拠開示に関する手続規定の不存在」です。

 袴田事件で今般再審公判に進んだのは第2次再審ですが、実は第1次再審は1981年に申し立ててから最高裁で請求棄却が確定するまでに27年もかかっています。その間、弁護団は確定審段階で開示されなかった証拠を開示するよう、何度も求めました。しかし、「法的根拠がない」という理由で、ただの一つの証拠も開示されませんでした。2008年に申し立てられた第2次再審でも、当初は証拠開示が難航していましたが、2010年に当時の原田保孝裁判長(再審開始を認めた村山浩昭裁判長の前任者)が書面による証拠開示勧告を行ったことを契機として、その後にわたり約600点の証拠が開示されました。その中に、「5点の衣類」が捜査機関によるねつ造証拠であることを窺わせるカラー写真などが含まれていたのです。

 これらの証拠が、第1次再審の初期段階で開示されていたら、袴田さんはもっと早く救済され、心身を破壊されずに済んだかもしれないことに思いを致せば、証拠開示規定がないことの罪深さがお分かりいただけるのではないでしょうか。

2 大崎事件と証拠開示

 規定がないことがもたらす深刻な問題が「再審格差」です。21世紀に入り、布川事件、東京電力女性社員殺害事件、松橋事件など、確定審では提出されなかった証拠が再審段階で初めて開示され、これが「古い新証拠」となって再審開始、再審無罪に至った事件が続出しました。しかし、証拠開示は、裁判所による検察官への証拠開示勧告・命令がなければ実現せず、証拠開示勧告・命令を行うか否かは当該事件を審理する裁判所の裁量に委ねられています。つまり証拠開示によって冤罪被害者が救済されるか否かが、当たった裁判官の「やる気次第」という事態を招いているのです。

 大崎事件では、第2次再審請求審の鹿児島地裁(中牟田博章裁判長)が、弁護人の再三にわたる証拠開示請求にもかかわらず、「第1次再審で開示した以上の証拠は存在しない」とする検察官や「存在したとしてもすべて検察庁に送致している」とする警察の回答を鵜呑みにし、証拠開示に向けた訴訟指揮を一切行わないまま再審請求を棄却しました。

 弁護団が福岡高裁宮崎支部に即時抗告を申し立てたところ、即時抗告審の裁判長は何と、前述の袴田事件第2次再審で証拠開示勧告を行った原田保孝裁判長でした。静岡地裁から福岡高裁宮崎支部に異動になっていた原田裁判長は、大崎事件でも、「証拠の存否を調査し、標目を作成し、弁護人に開示せよ」という趣旨の勧告を行いました。検察官はその勧告に従いませんでしたが、「独自に調査した結果」として、自らの判断で個別に証拠を裁判所に開示し、その数は最終的に213点にも上りました。その中には「すべて検察官に送致した」はずの、警察から出てきた証拠も数多く含まれていました。地裁段階での検察、警察の回答は虚偽だったということになります。

3 法制化に向けて動き出した日弁連

 静岡地裁で袴田事件(第2次)の再審開始決定が出され、大崎事件第2次即時抗告審で上記の証拠開示が実現した2014年ころから、それまで、個々の事件の弁護団が個別に創意工夫を重ね、血のにじむような努力と時間を費やしてきた証拠開示の問題が、次第に法制度の不備の問題として認識されるようになりました。すでに検察庁では、弁護人が証拠開示請求を行った全国各地の再審事件で、証拠開示に応じるべきではないとする、ほぼ同じ内容の「統一意見書」(筆者は「金太郎飴意見書」と命名していました)を提出し、組織的抵抗を行っていることが明らかでした1)。これに対抗するには、数多くの再審事件における証拠開示の現状や実績を調査・検討し、その成果を立法事実として再審における証拠開示規定の法制化を実現させることしかありません。そこで、日弁連に「再審における証拠開示に関する特別部会」が設置され、2015年1月に第1回の部会が開催されました。

 特別部会では、全国の再審事件で闘っている弁護団に対し、証拠開示の攻防についてアンケートを実施し、その結果を分析、研究者や元裁判官なども交えた議論を経て、まずは広く再審における証拠開示の重要性を市民に知ってもらおうと、一般向の書籍を刊行しました2)。そして2019年5月には、再審における証拠開示に関する日弁連初の立法提言となる「再審における証拠開示の法制化を求める意見書」を上梓しました。

 日弁連が今年(2023年)2月に公表した「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」の中で、証拠開示(その前提としての証拠の保管も含む)に関する条項案は、条文数も具体的内容も最大のウェイトを占めています。そのベースとなったのは、言うまでもなく前記の「再審における証拠開示の法制化を求める意見書」でした。

 次回から、証拠開示に関する条項案と、そこに込められた立法趣旨を解説していきます。


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第6回 再審に証拠開示のルールを! その2

注/用語解説   [ + ]

(2023年10月11日公開)


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