連載 再審法改正へGO!

連載 再審法改正へGO! 迅速・確実な冤罪救済のために
第3回

再審請求手続における検察官の役割とは(上)

鴨志田祐美(日弁連再審法改正実現本部 本部長代行)


1 「有罪」立証の検察官方針に対する凄まじい批判

 7月10日、袴田事件のやり直しの裁判(再審公判)において、検察官は袴田さんの有罪を主張する方針を明確にしました。事件から57年、第1次、第2次合わせて40年余りに及ぶ再審請求の審理を経て、今年3月にようやく再審開始が確定した87歳の巖さんにとって、すぐそこに見えていたはずの再審無罪のゴールまでの道のりが、遠く長いものとなるおそれが出てきました(「〈袴田事件・再審〉検察が「有罪」を立証の方針/弁護団は「蒸し返し」と強く反発、判決まで長期化のおそれ」参照)。

 このような検察官の方針に対しては、凄まじい批判が沸き起こりました。弁護団が「検察官は有罪立証放棄を」と呼びかけたオンライン署名サイトには、7月19日現在、48,000筆を超える署名が寄せられています。静岡県弁護士会は、18日に緊急会長声明を公表、「このような蒸し返しの審理によっていたずらに時間を費すことは,袴田さんに残された貴重な人生の日々を愚弄するに等しく,到底許されざる行為である。」として、検察官に有罪立証の撤回を厳しく迫りました。NHKも18日の「時論公論」で、清永聡解説委員が、今回の検察官の立証方針に疑問を呈するとともに、わが国の再審制度が70年以上にわたり改正されていないことにも言及し、再審のルールは「リフォームに向けた議論を行う時期に来ている」と指摘しました1)

 もっとも、この問題を「再審公判で検察官が有罪立証するのはけしからん」と単純に捉えてはならないと思います。再審公判は、「公判」つまり通常の裁判と同じ手続であり、そこでは検察官が「有罪を立証する一方当事者」という役割を担っています。また、再審公判を、再審開始によってもとの確定判決が取り消された後、裁判を一からやり直す手続であると位置づけると、検察官は改めて有罪主張ができて当然という主張も成り立ち得ます。

 一方で、再審公判は、「再審」という手続に含まれる以上、その目的に沿う形で行われる必要があります。また、再審公判に至るまでのプロセス、すなわち、再審請求がどのように行われたのか、そしてそこで検察官がどのような活動をしたのかという問題と、切っても切り離すことはできません。

2 これまでの経緯に照らせば不当な蒸し返し

 袴田事件で弁護団は第1次再審段階から、確定審で提出されなかった証拠を開示するよう求めてきましたが、検察官はこれに一切応じず、証拠開示は袴田さんの死刑確定から30年も経過した第2次再審段階で、裁判所の勧告を受けてようやく実現しました。開示された証拠の中に、「5点の衣類」の色鮮やかなカラー写真や、袴田さんが法廷で履けなかったズボンに付いていた「B」というタグが、検察官の主張した「サイズ」(Bは「B体」=大きいサイズであり、味噌に漬かって縮んだと主張)ではなく「色」を示すものだったことを示す供述調書や布のサンプルがあったことから、2014年に静岡地裁が「5点の衣類」のねつ造可能性を指摘し、再審開始を認めました。

 これに対し、検察官は即時抗告を申し立て、「5点の衣類」の色問題について、徹底的に争いました。一度は東京高裁が再審開始を取り消し、さらにそれを最高裁が破棄差戻しするという紆余曲折を経る間に、検察官は自らも血染めの衣類の味噌漬け実験を行い、差戻し後抗告審の裁判官2名がその結果を肉眼で直接確かめて、「1年2カ月味噌に漬かった血痕に赤みは残らない」と判断、再審開始が確定したのです。

 袴田事件の再審請求手続において検察官は、数十年にわたって、どこまでも袴田さんの有罪を主張する「当事者」的な立ち位置で反証活動を行い、再審開始決定が出ても抗告して争い続けました。それなのに、再審公判でまたしても「味噌に漬かった血痕に赤みは残る」という主張立証をしようというのですから、これまでの経緯に照らせば不当な蒸し返しと言うほかなく、到底許されるものではないでしょう。

3 再審請求手続における「公益の代表者」とは

 そもそも、検察官の「当事者」という地位は、判決の確定によって失われます。有罪判決確定後の再審請求手続は職権主義が妥当し、請求人の再審請求に理由があるか、裁判所が職権で判断するという二者構造を採っていますから、検察官は「当事者」ではないのです。しかし、現実の再審請求の審理では、裁判所も通常審の審理に慣れているためか、検察官の主張反証を広範に容認する傾向にあります。

 また、「当事者」でない検察官が、再審開始決定に対して抗告ができるというのも、よく考えてみると変な話です。実は再審の決定に対して即時抗告ができる場合を定めた現行刑訴法450条には「第448条第1項の決定」すなわち再審開始決定が明記されているため、条文上は再審開始決定に即時抗告ができると読めてしまいます。もっとも、この条文には「主語」がないため、誰が抗告権の主体かは明らかにされていません。とはいえ検察官はこの条文を根拠にほとんどの再審開始決定に対して抗告を行い、「再審開始決定に対して検察官が抗告を行えるのは『公益の代表者』として当然」であると主張しています2)。つまり検察官は再審請求手続の「当事者」ではないが、「公益の代表者」として抗告ができると言っているのです。

 しかし、再審請求手続における「公益の代表者」とは、そのようなものなのでしょうか。これは日本国憲法のもとで現行刑訴法の再審がどのような目的の制度となったか、という点から考える必要があります。憲法は39条で「二重の危険禁止」を人権として保障しました。そして、これにより戦前の旧刑訴法で認められていた「不利益再審」(真犯人が誤って無罪判決を受けた場合に裁判をやり直すこと)は、二重の危険禁止に明らかに反することから廃止されました。つまり、日本国憲法下の再審は、「誤って有罪判決を受けた無辜(無実の人)を救済する」ことのみを目的としています。

 前述のとおり、再審請求には職権主義が妥当しますから、裁判所は再審制度の目的に沿って適切に職権を行使することが求められています。そして検察官は、無実の人が誤った裁判によって有罪判決を受けた可能性があればこれを救済するというという目的のために、裁判所が適切に職権を行使することができるよう、「公益の代表者」として協力するべき、ということになるはずです。

 検察官のスタンスをそのようなものと捉えたとき、条文がないからと証拠開示に応じず、再審請求審では有罪維持のための主張立証に終始し、再審開始決定には抗告を行って徹底抗戦するという現状の検察官の活動は、憲法の理念に反してはいないでしょうか。

 日弁連はこのような現状を踏まえ、「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」(2023年2月17日、7月13日改訂)の中で、再審請求審における検察官の役割を明記し、再審開始決定に対する検察官の抗告を禁じる法改正を提案しています。改正案の内容の詳細については、次回説明します。


※このほど、鴨志田祐美さんらが編集した『見直そう! 再審のルール——この国が冤罪と向き合うために』(現代人文社)が刊行された。


【関連記事:連載 再審法改正へGO!】
第4回 再審請求手続における検察官の役割とは(下)

注/用語解説   [ + ]

(2023年07月25日公開)


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